書き続けること、その意味

2020/05/10(日) 朝から雨 今日は母の日である。世間はCOVID-19騒ぎで須らく自粛モードであり、母の日も例年ほどは賑々しくない。新聞の特集も折込チラシも静かなものである。新聞そのものも常より三割型ページ数が少ない。

母の日がくれば母の命日(05/08)が巡ってくるようになって、今年で十年である。十年一昔と言うけれど、長い十年であるが過ぎてみれば速いもんだ。私が母の没年齢に到るまで残すところ14年、父の没年までは20年である。20年は少しばかり先のことと思えるが、14年はそれほど先ではない、過ぎた10年の速さを思えば次の10年も同じこと速いだろう、私が老いてゆくのと競争だ。

【閑話休題】 山法師が咲いた 

このサイトを世間的にはブログとも云うが、サイトの基本アプリ・WordPressはこのように述べている。『WordPressはWeb の35%以上を支え、シンプルなサイトからブログ、複雑なポータルやエンタープライズサイト、さらにはアプリケーションまでが WordPress で構築されている。』

雨の日曜日、為すことも無く過ごしているが、しばらく書き留めてあった断片を記事にまとめている。 書き続けることにどんな意味があるのだろうと考えながら、書き続く3,167本目の記事を書き流している。訪れる人も疎らになった老人の綴るサイトなどは生存証明以外に然程の存在理由は無かろうと考えている。

書き続けることに、今や然程の意味は無くなり生存証明以外に納得できる意味は無いが、それでも間遠ながらにも書き続けられるあいだは続けてゆこうと考えている。駄文ばかりだろうが、何か一つぐらいは意味あるものが残るかもしれないというのも甘いか。それに一度止めてしまえば復活も復元もとても難しいことだろうと思われる。止めるに今さら止められないというのが本音か。

母亡き後、私と二人だけになった父は何を考えていたのだろう。 父の考えを知る術は何も無い。日記にも読書記録以外は何も記されていない。「往生」だけである。こちらは1日ごとに父の没年齢に近づいている。

母が病床につくようになった2010年初めから亡くなる5月まで、父と母は互いに耳が遠くなっていたから、会話らしい会話は成り立っていなかった。互いにというよりも、殆どが母が言いっ放しだった。 病床でも母は父のことを心配し、毎日の晩酌用の酒、常備菜、ふた月に一回の定期検診などを心配しながら亡くなっていった。

多くを語らなかった父だが、それでも母の病状を心配して、病床の脇に置いた椅子で見守るともなく居眠っていた。そんな父が寒かろう風邪をひくといけないからと、毛布を持ってくるように病床の母が、ちょうど見舞いに来ていた「孫の嫁」に頼んだこともあった。

母が亡くなった時に66歳だった私は、《証知生死即涅槃》も《帯状疱疹後遺症(神経痛)》も《水疱性類天疱瘡(自己免疫疾患)》もまだ知らなかった。朝から夕べまで畑仕事をしていても大して疲れを感じなかった。

十年前には鄙桜以外の桜の数も少なくて、緋寒桜も御衣黄桜も桜桃桜もまだ無かった。無花果も枇杷も無かったし酢橘もカボスも樹が入れ替わった。前栽も座敷前の庭も中江川沿い土手も西江川沿いの土手も姿を変えた。家の中も模様も設えも変わったから、父や母が眺めれば驚くことであろう。こちらだって十年以上前の写真を眺めることあれば、その変わり様に改めて驚くのだ。

古い写真といえば、我が家付近の空撮は地理院地図掲載の空撮は2009年4月、次男がドローンで撮ったのが2015年1月、グーグルアースの写真は2017〜2018頃と推定される。これらの写真で我が鄙里のおおよその十年間がわかる。

今や「鄙からの発信」も目障り耳障りな記事が増えてきた、尾籠な話も増えてきたし老いの愚痴も増えてきた。いつの間にやら読者が離れてゆくのも致し方ないことであり、宜なるかなである。そういえば、ジオラマ騒ぎだって、いっときの憑き物が落ちたみたいで、この頃はジオラマの前に座る気もしない。ジオラマなんてものは造っているうちが楽しいので、出来上がってしまえば見る人が無ければそれ程のものでもない。

新型コロナ感染症というと何やらおどろおどろしいけれど、流行り風邪の一つなんだしインフルエンザの新種なんだから、八十前の年寄りが大騒ぎすることも無いとも思える。それよりも都会では職場やバイト先を失った若者たち、老齢者、シングルマザーなどが窮地に立ちつつあるようだ。ステイホームを求められているけれど、ステイするホームすら失いつつあるとも伝えられる。新型コロナ感染症は弱い者持たざる者に厳しくあたっているようだ。と云いながら、心配する以上には何もできない。

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2 Responses to 書き続けること、その意味

  1. 草刈 善佐 のコメント:

    申年同月人種として
    なんだか、つれづれ草の一節を垣間見るようだ。
    日昇れば起きて、食べ、歩き、日沈めば眠る、
    何よりではないか。
    「継続は力なり」
    釈迦に説法、孔子に悟道だったか。

    • Nobuo Morishima のコメント:

      久しぶり、覗いてくれて有難う、
      暫くは動けない、
      特に年寄りが動くと白い眼で見られる。
      動けるようになったら、下谷の墓参、英信の見舞い、
      尭と信吾それに君と俺 何処かで呑みたい。
      今の様子では、秋になりそうだが、
      其処まで互いに元気でいよう。

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