一筆啓上

 岐阜県飛騨高山に「ふるさと文庫」という、ホテル経営者が主宰する
文庫があります。自分のふるさとへの思いをつづる作文コンクールとそ
の保管刊行を行っている文庫です。
 今年の最優秀エッセーは、終戦後に転校した僻地での思い出をつづっ
た文章です。貧しくて小学校へ持参する雑巾が手に入らないときに、母
が夜なべで妹の産着をほぐして縫ってくれた赤い華やかな雑巾。
 しかし、とても拭き掃除に使って汚すことなど、できずにいたら、同
級生の女の子が代わりの雑巾を差しだしてくれたという思い出をつづっ
た文章です。
 おなじように、一筆啓上賞という、もう7回も続いている手紙文学賞
をご存じでしょうか。越前丸岡町で行われている「短い手紙募集イベン
ト」です。
 徳川家康の家臣本多作左衛門が陣中から妻に宛てて送った手紙として
有名な、「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」という手紙
に端を発する行事です。「お仙」とは幼名を仙千代といった後の丸岡城
主のことです。毎年、テーマを決めて、母への手紙、父への手紙、恋人
への手紙などを募集しています。
 東北には「きみまち恋文大賞」というのもあります。
秋田県の二ツ井町には君待ち坂という、ゆかしい名前の坂があり、その
坂にちなんで恋文の募集が行われています。これも思いを伝える手紙文
学といえるものでしょう。
 茫猿が今年の年賀状を結局のところ出せなかった言い訳をするのでは
ありませんが、この数年賀状の数が増えますと、文面は言うに及ばず、
宛先もパソコンファイルからの印刷に頼らざるを得なくなり、なかには
お顔を思い出せない方もいるというのが正直なところです。
 年末、他に忙しかったことありますが、あまりにも儀礼的になってし
まった賀状を出すことの積極的な意味が見つからず、ついつい購入した
賀状は白紙のままに今も封を解かないでおいてあります。
 デジタルの時代、メールやPC印刷の賀状が氾濫しているなか、手書
きの手紙で気持ちを伝えると言うことを忘れないでいたいと思います。
簡単に安価に多くの人に瞬時に伝えることのできるメールの便利さは、
もう手放せません。ファクシミリや携帯電話と同じように。
 しかし、究極のアナログ情報伝達手段である。手紙の素晴らしさも捨
てがたいと思います。というより、電子メールと直筆手紙、この二つの
使い分けこそが、21世紀に求められることなのではないでしょうか。
少々悪筆でも、時間をかけて一字づつ丁寧に紡いでゆく手紙の暖かさを
忘れないようにしたいものです。
 変わるものと変わらないもの、変わらねばならないものと変えてはな
らないもの、この見極めこそが今年の課題だと考えています。
いつもの蛇足です ———
ご紹介した、ふるさと文庫、一筆啓上、きみまち恋文、いずれもWeb
で詳しく案内されています。入選作なども掲載されていますから、御覧
になってみてください。直筆手紙をinetで紹介するという、一見パ
ラドックスみたいな話ですが、これも21世紀の使い分けということな
のでしょう。
 尚、茫猿は各地へ旅をしますと、自分のために絵はがきを買い求めま
す。その絵はがきを机の引き出しに入れておき、折にふれて時候の挨拶
や礼状などに使用します。絵はがきの良さは美しいことですが、なによ
りも素晴らしいのは、沢山書かなくてもよいということです。
 「前略、お世話になりました。取り急ぎお礼を申し上げます。茫猿拝」
これだけで、葉書前面の下部分が一杯になってしまい、もう書き足せま
せん。でもファクシミリやEメールよりは何かが伝わるような気がして
います。
「一筆啓上」は、下記のURLでどうぞ。
http://www.town.maruoka.fukui.jp/index1.html
「きみまち恋文」は下記のURLからどうぞ。
http://www.shirakami.or.jp/~futatsui/yurai.html
「私のふるさと文庫」は下記のURLでどうぞ。
http://www.gix.or.jp/~parkcity/link1.html

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