父のいくさ

 今日の中日新聞(東京新聞)サンデー版大図解特集は「アジア・太平洋戦争・海外からの引き揚げ」である。この記事中に、茫猿にとって衝撃的な記述があった。


 それは、「最も多くの民間人犠牲者を出したのは、東京大空襲でも沖縄戦でも広島の原爆でもなく満州からの引き揚げで、二十四万人以上が亡くなっています。しかも、犠牲者の多くは国策として送り込まれた開拓団員でした。また中国残留孤児と呼ばれた人の多くは開拓団員の子どもたちだったのです。」という記述でした。

※それぞれの民間人犠牲者数は、集計範囲、集計期間等により様々な数値が存在するものの、通説としては「東京大空襲:約10万人」、「沖縄戦:約10万人」、「広島原爆:約15万人」、「長崎原爆:約8万人」とされる。

 戦後60年以上も経ったのに、こんな大きな事実を知らなかったというのが自らにとって衝撃だったのである。満州からの引き揚げは犠牲者が多数出たというのは、なかにし礼氏や五木寛之氏や加藤登紀子氏の著述で知ってはいたがそこまでの犠牲者数とは知らなかった。しかもシベリヤ抑留犠牲者6万人は含まれないのである。
 今朝のNHK:週刊ブックレビューには作家の保阪正康氏が登場して、「蟻の兵隊・日本兵2600人山西省残留の真相:池谷薫:新潮社」と「石油で読み解く「完敗の太平洋戦争」:岩間敏:朝日新書」そして「中国戦線はどう描かれたか・従軍記を読む:荒井とみよ:岩波書店」を紹介していた。

「中国戦線はどう描かれたか・従軍記を読む」の内容
岸田國士、尾崎士郎、石川達三など、中国戦線に赴いた作家や兵士たちによって書かれた従軍記を読み解きます。中でも著者は、林芙美子の文章に注目します。
『私は透明な湖北の秋空の下の戦場に立って呆んやりしていましたが、そんなしゃぼんのあぶくのような一瞬もありました。笑わないで下さい。』(本文より)
林が得意とする手紙形式を著者の荒井は解釈します。
『「笑わないで下さい」は実は「泣かないで下さい」である。(中略)女の読者は、ここで震えたに違いない、夫を思い、息子を思って。』(本文より)
戦争の現実と極限における人間の実像を解き明かした一冊です。

 そして親父のいくさである。昨夕、先日妻の一周忌法要をつとめた義理の叔父(母の末妹の婿)と従弟が訪ねてきた。高齢なために法要に出られなかった義姉夫婦(茫猿の父母)への暑中見舞いをかねての訪問である。久し振りの懐かしい顔ぶれに会って日頃は口数の少ない父も、耳が遠くなって会話がつながらない母も賑やかに談笑していた時のことである。
 最近の母の話は戦争中つまり自分が二十代のときの苦労話が多い。昨夕も話が1945/06の岐阜市空襲や各務原市空襲の話になった時のことである。母と叔父のつながらない会話を聞いていた父が突然に割り込んで、こんな風に言うのです。(当時の彼は二回目かの応召で内地ですが軍隊にいました。)

 「私は岐阜空襲の話はおぼろげに聞いてはいた。聞いてはいたが何とも思わなかった、いいや何も感じなかった。当時は米軍の上陸が間近で、米軍が上陸してくれば死ぬと思っていた。いつとは判らないが近いうちに、米軍と戦って死ぬ、そう思っていた。それ以外は何も考えていなかった。そんなものなんだ。」

 
 当時(1945/06)、父は32歳、茫猿1歳、生まれて三ヶ月の次男の顔はまだ知らない父でした。
 母が語るところによれば、まだ明けやらぬ早朝に二度目の赤紙が届いた日の午後、父は自転車の荷台にくくりつけた籠に乳児の私を入れて半日何処かへ行っていたそうです。何処へ行ってたのか、乳児とどんな過ごし方をしてたのか、父は何も言いません。茫猿も聞いたことはありません。そうでなくとも寡黙な父であり、父子の会話は少ないし、まして中国出征など戦争中のことは語りたがりません。
 だから唐突に戦争末期の心境を聞いて驚きました。自分の妻子が暮らす岐阜近郊のことを考える気力も萎えるほどに虚無的になっていたのか、虚ろだったのか、それ以上は何も語らないからして判りません。だいたいが空気の読めない会話をする父だから、これ以上聞こうとも思いませんが、彼が長年書き続けている(デアロウと思われる)日記をいつか読む機会があるのかもしれません。そんな機会があるとすれば、父にとっていくさとは何だったのか、当時のそして今の父の心境を覗いてみたいと思っています。
 一歳になったばかりの乳児の私と束の間の別れをした後、出征の祝宴では泥酔し縁戚に担がれて入営地へ向かったそうです。その60余年前の父のことを母は、「乳飲み子のお前を置いて、家を出るに出られなかったんだろう。」と述懐します。

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