塾・三月講義概要(2)

 大変遅くなりましたが、塾・鄙からの発信・三月「田原教授の講義概要・続編」をお届けします。


4.更地評価に採用する取引事例
 鑑定評価基準によれば、更地の評価について以下のように規定している。 

「各論 第1章価格に関する鑑定評価 第1節土地 Ⅰ 宅地 1.更地」
 更地の鑑定評価額は、更地並びに自用の建物及びその敷地の取引事例に基づく比準価格並びに土地残余法(建物等の価格を収益還元法以外の手法によって求めることができる場合に、敷地と建物等からなる不動産について敷地に帰属する純収益から敷地の収益価格を求める方法)による収益価格を関連づけて決定するものとする。」

 この件に関して、東京など大都市の都心部において、更地評価を依頼された場合における採用事例の適否を問われたことがあると、教授は云う。
 ビルが林立するさる都心地区の評価案件について、更地取引事例が得られないことから、収益物件の取引事例すなわち貸家及びその敷地の取引事例数件を採用して、配分法を適用し建付地取引事例としたのである。
 ところが、その評価手順は、前記不動産鑑定評価基準に違反するものであり不当な鑑定評価であると指摘されたというのである。
 確かに基準にはそのように書いてある。だから教授は基準遵守について慎重にありたいと云われると同時に、実態に合わない基準の改定にもふれられるのである。「この経緯に関しては田原氏のサイトに詳しい。」
 この講義を伺って茫猿はこのように考えたのである。確かに基準にはそのように記載されている。しかし不動産鑑定士は基準を只ひたすら遵守するだけでよいのであろうか。基準を墨守し基準を超えないことのみを考えていれば、それは「基準読みの、基準識らず。」なのではなかろうか。
 何も都心の更地評価に限ったことではない。機械設備を含む自建複合事例然り、立木を含む森林取引事例然り、堤外地や墓地評価然り、鑑定評価基準は評価対象不動産全ての種別類型についてこと細かに規定するものではないのである。
 更地(空閑地)自体の存在が希有である都心地域において、更地事例や自用の建物及びその敷地事例が得られないからと云って、いたずらに事例収集の圏域を拡げることが好ましい評価と云えるであろうか。地価水準が乖離する更地取引事例よりも、水準が近似する貸家及び敷地事例について配分法を適用した建付地事例の方が、地価水準の実態を反映した適切な事例である場合が多いということも云える。
 
 茫猿が述べたいことは、「基準を墨守すること」だけが鑑定評価ではなく、ときに基準を超えてゆくことこそが好ましいと云うのである。何も基準を軽視してもよいというのではない。基準を遵守した上で、基準を超えろと云うのである。
 田原氏が挙げたような事案の場合について、茫猿なら次のような評価書を起案するであろう。
(A)事例収集圏域を拡大して得た更地等取引事例より試算した比準価格
(B)貸家及び敷地取引事例より配分法を適用して得た建付地事例を試算基礎とする比準価格
 この両者を比較検討して比準価格を査定するであろう。当然に、近隣地域及び隣接・周縁類似地域において更地取引事例や自建複合不動産取引事例が得難いことを断っておくものである。
 何よりも種別類型が相似するからと云って、地価水準が乖離する事例を採用すれば格差補正数値が大きいものとなり、比準価格の信頼性や規範性が低減するのである。これに較べて近隣・隣接地域の貸家及びその敷地事例を試算基礎とすれば、種別類型は異なるが地価水準は近似するのである。
 さらに都心部の商業地域においては、収益水準においてほぼ最有効使用使用を実現している取引事例も多いのである。こういった地域の実態に照らして、適切な事例を採用して地価水準の実相に近づく努力をすることが肝心なことと思うのである。
5.不動産鑑定評価基準の遵守義務
 「不動産鑑定評価基準は法律なのか何なんだ。 その法的効力はどうなんだ。」

「不動産鑑定評価基準は法律ではない。国土交通省の事務次官通知です。」
 法律では無いから、そんなことなど必要ないという人がいるであろうが、法律にほぼ同じ法的効力を不動産鑑定評価基準は持っているのである。
 事務次官通知ではっきりと、不動産鑑定評価基準は、「法40条に基づき不当な不動産鑑定評価についての懲戒処分を行う際の判断根拠となるものである」と明言しているのである。「懲戒処分の判断根拠」になるものである。
 「不動産鑑定評価基準とは何なのかという定義、目的をはっきりと同基準の最初に記述すべきでは無かろうか。 そして不動産鑑定評価とはどういうことをいうのかも定義づけすべきであろう。(この項詳しくは、田原氏のサイトへ)

 折りしも、2008/03/27付け国土地第353号の2:国土交通省土地・水資源局長発、岐阜県知事宛の「不当な鑑定評価及び違反行為に係る処分基準について(通知)」なるものの写しが岐阜県所管課から送付されてきた。その別紙は次のように云うのである。

「不当な鑑定評価及び違反行為に係る処分基準」(中略)
Ⅰ 不動産鑑定士等に対する懲戒処分
1 業務実施方法及び業務結果の不当性
(1) 不動産の鑑定評価の場合
1) 業務実施方法の不当性
 不動産の鑑定評価における業務実施方法の不当性の程度は、処分の対象となる不動産鑑定士等が採用した方法が、不動産鑑定評価基準(以下「鑑定評価基準」という。)に定める方法及び通常の鑑定評価の方法に照らして逸脱している程度、並びに当該不動産鑑定士等が、不動産の鑑定評価を行う際に判断を要する事項について犯している誤りの程度から判断する。
 なお、鑑定評価基準に定める方法とは、「不動産鑑定評価基準及び不動産鑑定評価基準運用上の留意事項(平成14年7月3日国土交通事務次官通知別添1及び別添2)」(以下「鑑定評価基準等」という。)に定める方法を指す。なお、現行鑑定評価基準等施行以前に行った鑑定評価については、評価時点の鑑定評価基準等に依る。
 また、通常の鑑定評価の方法と認められるか否かについては、(社)日本不動産鑑定協会が策定した実務上の留意事項、実務指針等広く周知を図るべきとされているもの等も参照するほか、当該業務実施当時の実務慣行も併せて考慮し、判断する。

 各々方、ご注意召されということである。
 ちなみに、今回は局長通知であるが、2002/07/03における不動産鑑定評価基準の改正についての通知は次官名通知であった。そこにも鑑定評価基準は鑑定評価の統一的基準であるとともに、懲戒処分を行う際の判断基準基準であると明記されている。基準改正通知は次官通知であり、処分基準制定が局長通知であることに、一抹の寂しさを覚える茫猿なのである。
【2002/07/03付け 国土交通省事務次官通知』(PDF)を開く】
(注)次官通知中の傍線は茫猿が付すものです。
 田原教授の講義に関しては、お伝えしたいことがもっともっと沢山ございますが、寄る年波のせいでしょう、茫猿の記録と記憶が不十分なために、ここまでとさせて頂きます。また、田原教授は機会を設けて講義続編:賃料編を行うことにたいへん好意的ですから、成る可く近いうちに賃料編講義の機会を設けたいと塾頭としては考えております。

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