喪失感

しばらくのあいだ、『鄙からの発信』は間遠な記事掲載を続けていました。最近の記事にて、その訳を仄めかしていますからお気づきかと思いますが、実は今年初めより末期ガンで自宅療養を続けておりました老母が、去る5月8日夜に90年の生涯を全う致しました。ごく短期の入院期間を除いては、病名告知後のほぼ一年間を本人が強く希望するとおりの、終末期治療を受けながら自宅にて永眠致しました。


昨日、家族親類縁者のみで母を見送りました。 この数ヶ月は病室でもありました、今はもぬけの殻となった母の居室に居ますと、限りない喪失感を感じます。 一般的には天寿を全うした大往生と云えるのでしょうが、かつて無いほどの密度の高い、私にしてみれば充実したとも云える母との、そして家族との生活のせいでしょうか、まだ気持ちの整理ができていません。 昏睡状態におちいった数時間を除けば、母と多くの会話もできましたから、悔いを残すことはさほどありませんが、幾つになっても肉親を失うということは言葉にしようのないことだと思い知らされています。

現実に直面しなければ判り得なかった、終末期治療のあり方、老人介護の現実、何よりもひとの病(やまい)と死、そして尊厳というものを、多く考えさせられる二ヶ月でした。それは茫猿自らの死に方すなわち死に至るまでの生き方を、改めて問い直す期間でもありました。母が介護を必要とするようになってから二ヶ月、その時々の思いを日記にしておりましたが、今思えばそれは母がその最後に身をもって私に教えてくれていた多くのことがらを記録していたのだったと思います。 追い々々にそれらを記事にすることもございましょうが、今はただただ母に感謝し、母の冥福を祈っていたいと存じます。

それにしましても、徐々に要介護度を高めながらも可能な限り常の生活を維持してゆこうとするには、何よりも本人と家族の強い意志が求められるのだと思い知らされました。 特に痛みに耐えながらもトイレを使用してゆくこと、最初は常のトイレ、次に病室の扉近くに置くポータブルトイレ、最後はベッドの傍らに移動したトイレを使用し続けるには本人の限りない努力が、看ていて痛々しいほどの努力が必要なのだと思い知らされました。 病床で用を足せば楽なのにと思いますが、両脇を支えられながらもトイレを使用し続ける母の気力には、その都度頭の下がる思いでした。

明け方三時前後に目覚めるのが癖になってしまいました。最初は寒かったのに、この頃は寝起きのまま机に向かえます。 母がその終末を迎える時期としてこの陽春を、しかも遠方に生活する長男・次男が助けてくれる連休期間を選んでくれたことを、今はとても感謝しています。
たらちねの  ひそ(秘所)清めれば  しわ(皺)深き
はだ(肌)の荒さに  拭く手進まず  (茫猿)
たわむれに  母を背負いて  そのあまり
軽きに泣きて  三歩歩まず  (啄木)

孫たちの連休休暇を有効に使いきり、先ほど覗けば自分の箪笥のなかは整理済みで、どうやらめぼしい物は既に妹たちに分けていたようです。今年の母の日を翌日に控えて息を引き取ったお袋は、我が垂乳根ながらある意味で見事な最期でした。これから年毎に母の日来たれば、否応なくお袋の命日を思い出さずにいられない、お見事としか言いようがありません。

『追記 2010.05.12 9:35』
昨日は母の居室(病室)のあらましの整理を行い、前夜に帰京した長男夫婦に続いて、午後から帰島する次男を伴って止揚学園を訪問してご挨拶しました。 今朝は親爺殿と二人だけの朝食を済ませたあとで、母の使っていたサイドボードの整理をしていますと、引き出しの中に健康手帳が保管されていて、そこにメモ書きが挟まれていました。
『延命措置を行わないで、自然にして下さい。 ふみを』と書かれていました。自筆署名、押印はあるものの、日付がないので書かれた時は判りません。

それでも耳の遠かった母のため医師より渡されたのであろう「肺ガンです。進行は遅いです。このまま経過を見てゆきましょう。」と記されたメモも同じ場所に挟まれていましたから、多分一年ほど前のことと思われます。この一年間をどんな思いで過ごしたのか、これらのメモをどんな思いで読み、そして書いたのか、今は知る術もありませんが、所持品の整理、孫たちの手紙の保存などなど、恐れ入った旅立ち作法です。私も見習いたいと思いますものの、私にできるだろうかと自問自答する朝です。

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9 Responses to 喪失感

  1. 福田勝法 のコメント:

    ご愁傷さまです。心より、お悔やみ申し上げます。13年前、父が、他界した後の1年程は、夜中何度もうなされ、目覚めたことを思い出しました。暫くは、お母様が未だ、ご存命なのか、お亡くなりになったのか、夢、現が続くと思いますが、お大事に。遠き地より、般若心経を称えさせて頂きます。

  2. 北谷奈穂子 のコメント:

    心よりお悔やみ申し上げ、お母様のご冥福をお祈りいたします。
    GW中の日記も拝読しましたが、自分を大切に思ってくれるご家族に囲まれて亡くなられたということは大変お幸せな最期だったのではないかと思います。
    茫猿様、しばらくお辛い時間が続くと思いますが、お身体お大事にしてください。

  3. bouen のコメント:

     福田様、北谷様 暖かいお気持ち有り難うございます。本当の喪失感を味わうのは七七忌が過ぎたあたりだろうと思っています。これからも『鄙からの発信』をお見守り下さい。

  4. 堀田勝己 のコメント:

    ご母堂様のご冥福をお祈りいたします。
    自分をこの世に生み出してくれた親を亡くすという経験を、私はまだしたことがありませんので、何を申し上げても実感の伴わない言葉になってしまいそうです。
    しかし、最期はご自宅でというのが、残された皆様にとっても大きな救いだったのではないかと思います。

  5. bouen のコメント:

     お悔やみを頂き有り難うございます。
    自宅介護は、家族にとって確かに大きな救いでした。
    それ以上に、家族全員が看取ることができた幸せを、それぞれに感じております。

  6. hirokazu のコメント:

    お疲れ様でした。ようやりました。ありきたりの言葉ですが、母上も感謝・感謝で旅立たれたことでしょう…落ち着いたらいつでも上洛して下さい。

  7. bouen のコメント:

    有り難う、その節は宜しく。

  8. 寺村 建一郎 のコメント:

    遅ればせながら、お悔やみ申し上げます。
    近頃、県内の諸先生のご両親のご不幸、ご療養のお話をいろんな所で拝聞いたします。
    なにぶん40になったばかりの若輩者でございます。
    幸い両親共に健在で、実の親を亡くす時の心境は想像もつかないのですが、わたしども夫婦の場合は、両家の親と別に暮らしており、いつか訪れるであろう介護の問題を考えさせられました。
    家族葬をご希望の旨お聞きしておりましたので、遅ればせながらメールにて失礼いたしました。

  9. bouen のコメント:

     弔問有り難うございます。子を持って親の恩を知ると申しますが、父母を亡くしてその知らざる一面に気づいて驚嘆し、それは幾つになっても変わらないことなのだと日々思いを新たにしています。

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