什の掟と良心碑

什の掟とは、2013年NHK大河ドラマ『八重の桜』にまつわる話です。大河ドラマ『八重の桜』は、会津藩士の娘でのちに新島襄の妻となった山本八重の物語です。 このドラマには、「落花は枝に還らずとも」(中村彰彦著)の主人公・秋月悌次郎も登場します。 什の掟は会津藩校日新館に伝わる藩校入学前の児童達の掟です。 什の掟は「ならぬことはならぬのです」で結ばれます。

什の掟
一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです

最後の戸外で婦人と言葉を云々は、当節には相応しくないが、それまでの六項目は児童の躾として、今でも十分に通用するものである。 年長者を敬い、嘘言を言わず、卑怯な真似をせず、弱い者をいじめず、コンビニ前でものを買い食いしない。 児童どころか成人にも言って聞かせたい六項目である。 総選挙が近いが、昨今の政治家達にも聞かせたい六項目である。
什の掟で興味深いのは、掟に背いた場合のお仕置きのあり方ですが、この話は会津・日新館サイトをご覧下さい。

大河ドラマヒロイン山本八重が、戊辰戦争ののちに出会い結婚した新島襄は、我が母校同志社大学の創設者です。 新島襄が同志社創立時にしたためた激文があります。 私の人生の指針とする同志社精神です。 しかし、明治男という者は新島に限らず、どうしてああも佳い顔を持っているのだろうかと思います。 生来の角のせいか、気骨のせいか、それとも安逸を願わぬ硬骨のせいなのか、考えさせられます。

我が校の門をくヾりたるものは
政治家になるもよし、宗教家になるもよし、
實業家になるもよし、教育者になるもよし、
文学者になるもよし、
且つ少々角あるも可、奇骨あるも可、

たヾかの優游不断(ユウジュウフダン)にして、安逸を貪り
苟(イヤシ)くも姑息の計を為すが如き、
軟骨漢には決してならぬこと
これ予の切に望み、
偏(ヒトエ)に希ふ(ネガウ)ところである。

今出川通りから入る同志社大学正門付近にはには新島襄の言葉を刻んだ良心碑があり、碑には斯く刻まれている。
良心之全身ニ充満シタル丈夫ノ起リ来ラン事ヲ』 

さて、同志社大学には、神学部が存在します。 私は神学部卒ではございませんが、必修単位として宗教論を履修しました。 その同志社大学神学部と神学部在学中の出来事について熱く語る本が最近刊行されました。佐藤氏は神学は虚学であるという。京都の町での青春の日々、虚学である所以、神学部から外務省に入省する経緯、単なる青春回顧談義などではない、少々角あり奇骨あり、優柔不断安逸に流れぬ、硬骨漢はいかにして生まれたかを語ってくれる。 同志社大学神学部卒業の佐藤優氏の著書「同志社大学神学部」である。 佐藤優氏は同書のまえがきに、こう記している。

2年前、50歳になった頃から、人生の残り時間が気になりはじめた。そこで現在抱えている仕事をもう一度見直して、若い世代への伝言となる作品を優先して出すことにした。 その第一作が本書「同志社大学神学部」だ。

また私が尊敬し、人生の師とする先輩:止揚学園創設者・福井達雨氏も同志社大学神学部出身者です。 福井達雨先生という先輩の知己を得たこと、佐藤優氏という後輩がいることは私の誇りです。
※『鄙からの発信』福井達雨氏関連の最近記事  自筆の温もり ( 2012年8月9日)
※『鄙からの発信』記事  秋月悌次郎:「落花は枝に還らずとも」 ( 2008年2月9日)

《話はガラリと変わるのだが》
什の掟の六番目「一、戸外で物を食べてはなりませぬ」を読んで思い出したのが、英国貴族は買い食いをしないと躾られていると、何かの本で読んだことがある。 その伝で米国エスタブリッシュメントも買い食いをしない、歩き食いをしないと読んだことがある。 そのような無様(ブザマ)な作法は彼等の生活にはないと云うことである。 つまり、食事の作法、場所柄というものが、はっきりと区分されていると云うことでもある。

考えてみれば歩き食いというのは、獣的な行為であって、食事というものはテーブルなり膳なりを前に着座していただくものである。 歩き食いよりはましだが、立ち食いも似たようなものである。
何よりも、歩きながらであろうが、立ったままであろうが、腹が減ったのだから喰うという行為は、やはり獣的な行為である。家に帰るまで、食事の場所へ行き着くまで待てないと云うのも堪え性の無さを露呈しているに過ぎない。 それは食事ではなく餌なのである。だから、コンビニの前や立ち食い蕎麦は、基本的に餌場だと考えている。 東京の文化的な貧しさは、立ち食い蕎麦の繁盛ぶりや、皿や丼がこぼれ落ちそうな狭いテーブルを詰めた店に現れていると思っている。店が悪いのではない、そんな店に集まる客が悪いのである。

以前にも記事にしたことがあるが、茫猿は多少忙しくても食事の場所を選ぶのが日頃である。 現場調査などで遠出していて、蕎麦が食べたいと思えば、適当な店まで三十分くらいは車を走らせるのである。時には同伴する依頼者も伴うのである。 決して、そこいらの喫茶店なんかの、珈琲が先か同時に出てくるサービスランチで、空腹を誤魔化そうとはしない。 それくらいなら一食を抜いてしまうのである。 現場近くでコンビニの弁当というのも未だ食したことがない。 食事の場所、何を食べるか、如何に食べるかにこだわりを持っているのである。 このコダワリは滅多なことでは妥協しないのでもある。

上京して、理事会や委員会に出席すると、散会後に皆で食事でもという話になる。茫猿が音頭を取る時は事前に場所を予約するか、店を指定するのであるが、多くは適当なファミレスか居酒屋でと、いうことになる。 誰かの帰りの時間を気にしたり、歩くのが面倒だったり、取りあえず飲めればよいということなのである。 気に入らない、全く気に入らないが、我が儘を押し通すのも大人げないから、黙って従うが、内心はこの田舎ものと思っている。《出身や現住地が田舎なのではない、茫猿だって鄙者である。心が野暮だというのである。》

もちろん、なかには茫猿の生き方を知っていて、何処其処の蕎麦屋まで歩きましょうとか、例のワイン居酒屋へ行きましょうと言ってくれる方が居ないわけではないが、稀少例である。 だから、夕食を兼ねた待ち合わせ場所に「木鉢会グループ」の店や、シェリー酒を飲ませてくれる店や、銀座や日本橋の小粋な路地奥の店などを案内してもらうと、それだけでその方を信頼できてしまうのである。 久しぶりに様々に来し方行く末を語りたいのに、カラオケとただ若いだけの女が居る店に案内されれば、それだけで底が見えてしまうのである。

カラオケが悪いというのではない、若い女が嫌いというわけでもない、ただ残された短い時間と乏しくなった無職渡世の薄財布を、そんなものに無駄遣いしたくないだけである。

我が鄙の茅庭も散り敷いた紅黄葉が地面に染めて、美しく彩られた季節は過ぎゆき、冬も間近になってきています。

 

 

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