秋愁・秋霖

長雨の九月が終わっても長雨の季節が続いている。秋雨前線活発とも秋霖ともいう。この秋の長雨は異常とも云えるもので、日照時間が平年の三割程度と云われている。長雨で野良仕事が出来ないからモニターに向かう時間が増えているのだけれど「鄙からの発信」投函は随分と間が空いた。《気象庁公表の気温、降水量、日照時間統計

何も書くことが無いわけではないけれど、書く気がしないだけである。野良仕事に追われている時の方が書く気旺盛なのかもしれない。

東京都の豊洲市場問題、新潟知事選の顛末、臨時国会審議の低調さ、民進党蓮舫執行部の危うさ、鄙里の銀杏始末、FBで盛り上がっていたPPC・汎太平洋不動産鑑定会議、などなど記事に出来る事柄がないわけでもない。でも書く気がしない。

「鄙からの発信」の旬はとっくに過ぎたと書いてから既に何年かが過ぎた。現役を退いて何年かが過ぎたから、「鄙からの発信」のテーマもおのずと変わってきたし、変わらざるを得ないのだとも自覚している。あれやこれやで書く気がしない。秋愁なのかもしれないし、ときおり訪れてくるバイオリズムの底なのかもしれない。《昔に流行ったバイオリズムは似非科学と云われてから久しい。》

そんなこんなで連続出場していた春秋恒例の無料不動産相談会も欠席してしまった。雨のなか、出かけるのが億劫だっただけのことでもあるのだが。

かけ流してあるラジオから、在宅終末期医療をテーマにこんな話が聞こえてきた。《最近のオムツは進化しているから、四回程度の小便は患者にとって苦にも負担にもならないというのである。就寝中のオムツ替えも、必要ないと云うのである。》 一度試してみるか、それも終活の一つかもしれない。

消費されるニュースという”現代のというかネット時代の象徴”が、FaceBookでありTwitterであり、「鄙からの発信」もその潮流に逆らえないと云うか押し流されているのであろう。

長雨ではあるが、秋が深くなってきたと実感させられている。五時であれば明け方だったのは少し前のこと、今はまだ暗闇である。今朝の日の出は5:51、白々としてきたけれど雲が厚いから、東の空が明るんできただけである。

ISS長期滞在中の大西宇宙飛行士の活動報告Twitterというのがある。そこに長崎沖を北上中の台風18号を捉えた写真がアップされている。400km上空からの撮影だから、究極の俯瞰写真である。それにしても台風の眼がきれいに捉えられている。ct5czw6umaa4fjk

恐山あれこれ日記”を久しぶりに開いてみた。院代の南直哉師の筆さばきは相も変わらず鋭い。グサリとくるし、バッサリでもある。玄侑宗久師から「問いの問答」を読み、南直裁師に至ったのであるが、玄侑宗久師のまろやかさと南直裁師の鋭さは余りにも対照的であるし、それはお二人の容貌にも現われている。

《南 直哉は、日本の曹洞宗の禅僧。 長野県出身。早稲田大学第一文学部卒業後、大手百貨店勤務を経て、1984年に曹洞宗で出家得度。同年から曹洞宗・大本山永平寺で約20年の修行生活を送る。 送行後、福井県霊泉寺住職、青森県恐山菩提寺院代に就く。》

今日も午前中だけは束の間の晴れ間のようである。長雨で駄目になったダイコンやカブラの苗床を整え直してみようし、放ってある落果銀杏も少しくらいは集めてみようか。台風が近づけばまたしばらく畑はぬかるむことだろうし。

 

関連の記事

カテゴリー: 只管打座の日々 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です