国土庁においても不動産インデックス作成事業が検討されている折から、鑑定協会・資料委員会に「不動産センサス」なかでも「賃貸資料悉皆調査事業の実施」を提案しました。全文を掲載して各位の御批判を仰ぎたいと存じます。
不動産鑑定業をどのような業態として位置づけるべきかを考えるときに、不動産の鑑定評価に関する法律における定義を振り返ることから始めてみたい。法は「不動産の鑑定評価とは土地若しくは建物又はこれらに関する所有権以外の権利の経済価値を判定し、その結果を価額に表示することをいう。」定義づけている。
鑑定評価基準においては、(1)対象不動産の的確な認識、(2)必要とする関連諸資料を十分に収集し、これを整理し、(3)価格形成要因と価格諸原則の理解のもとに、(4)鑑定評価の手法を駆使し、(5)関連諸資料を分析し、諸要因の影響を判断し、(6)対象不動産の経済価値判断に到達し、貨幣額をもって表示する。と記載されている。
私は、不動産鑑定評価業務を不動産関連情報の加工業務と位置づけます。
不動産に関連する諸情報について、必要にして且つ十分な量を収集・整理・分析して、依頼者の求めに応える業務であると考えます。諸資料と諸要因の分析能力や影響判断能力が問われるのは当然ですが、如何に優秀な分析能力や判断能力を有していても、基礎となる諸資料の量と質において劣っていれば、的確な結果に至ることはかないません。
そういった主旨から、経済価値判断を構成する三価格試算基礎資料として「取引資料、賃貸資料、建設造成資料」の三資料を恒常的に収集し整理する事業を提案し、実行を促して参りました。その際に三資料を敢えて事例資料と云わないのは、次のような意味からです。
一般に事例資料と云う場合には、取引価格や成約賃料や建築費が判明しているものを指しているからです。しかし、取引事例についても、全ての事例について必ずしも取引価格が判明している必要はなく、取引の対象不動産と取引当事者と取引時点が把握できておればよいのであり、取引価格は必要に応じて追加調査を行えば事足りると考えるからです。勿論、価格が把握できているに越したことはありません。しかし、価格が把握できていないからと云って無意味なデータだとは考えないのです。
※この件に関しては1999-3020・鑑定士の勘違い、及び1999-0716・取引資料悉皆調査の過去ログ二項を参照。
それよりも、一定の圏域の全取引を把握していることが肝要であり、その全てがデータファイル化されていることが重要だと考えるからです。その結果、取引の件数、面積、当事者の属性等について時系列的な分析が可能になり、マクロ的な取引動態分析が可能だと考えるのです。さらに全数把握ができていれば、統計的処理により取引総額的な動態分析も可能ではないかと考えています。
この土地センサスともいえる事業は、既に複数の単位鑑定士会で実施されており、全国的な普及が待たれるところです。
さて、昨今の鑑定業界を取り巻く状況は、以前にも増して収益価格を重視する方向に転換しつつあります。直接法による収益価格の試算を始め、DCF法価格の試算も求められる場合が増えています。ところが、取引事例の収集把握に比較して、賃貸事例の把握は遅れているのが実情であります。この賃貸事例の体系的把握を始めるには賃貸資料の把握から始めるべきではと考えるものです。
賃貸資料データファイルの全容は次の様に考えます。
一、ある圏域(市区町村単位)毎に、賃貸物件の悉皆調査を行う。居住用並びに商業用・工業用全てを網羅することが望ましいが、当初は築後5年もしくは10年以内の商業用賃貸ビルの悉皆調査を行うことから始める。レコードとしては国土庁地価公示間接法賃貸事例フォーマットに準拠して整理する。
二、国土庁フォーマットに追加すべきデータとしては、賃借人データを保持する必要があると考えます。この賃借人データは空室率や回転率を把握する基礎資料となると同時に、賃料等賃借条件の照会調査に活用できると考えます。又、経年毎の追跡調査によって、賃料動向も把握できます。
三、賃貸ビル悉皆調査の原始資料としては、建築確認申請書・住宅地図等が利用できると考えます。対象賃貸建物及び敷地の属性データは登記事項を閲覧することにより把握できると考えます。
四、賃借条件の調査は、郵送による照会調査、面接調査が考えられ、調査対象としては、ビルのオーナー、テナント及び仲介業者が考えられます。
五、この事業は単年度において完成が可能なわけではなく、数年度の継続事業となると考えます。数年間に亘る悉皆調査が完成すれば、以後は補充調査で事足りる訳であり、同時に賃貸条件の充足により傾注できると考えます。
六、不動産インデックスは、この基礎調査が充実すれば自ずと作成が可能になるものであり、同時に基礎調査の充実こそがインデックスの信頼性を高めるものと考えます。
賃貸資料悉皆調査の端緒ともいうべき事業は、既に静岡会にて実施されており、岐阜会としてもパイロット事業として実施する用意があります。都市圏においては賃貸資料も有償にて配賦する業者が既に存在していますが、地方圏では対価を支払ってこれらの資料を購う事業所等が少ないことから、まとまった資料として市場に存在していません。だからこそ単位会が自らの為にも、市場の為にもこの事業を実施する意味があると考えます。
入手できる資料からデータファイル化するという考え方も当然にあるわけですが、長期的視野にたてば悉皆調査こそが望ましいものであり、一見迂遠に見える調査事業ですが、結果として大きな成果を得ることが可能だと考えます。さらにこの調査結果を地図情報化することにより、公的評価結果データや取引資料データと合わせて一元管理し都市情報的なデータベースを構築できるものと考えます。勿論、取引資料と賃貸資料という足場を充実すれば、鑑定士の存在感や信頼性はさらに強固なものになるだろうと考えます。
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