うだつの店で蕎麦

【未確認ですが、桃李は春日井市へ移転したそうです。】
仕事が予定より早く終わったから、ウダツの町をのんびりと散歩する。日曜日は観光客も多かろうが、今は六月のウイークデイである。チラホラと散策する観光客も見えるが静かな街並みである。美濃市旧市街は国道156号に近いけれど、国道の背後に位置しており街路幅員も狭いことから、特に用がない限り街区に進入することはないのである。旧市街は伝建地区として整備が進められており、鑑定士としては現状を把握しておくことに意味があり、観光兼業務視察でもあると云うのは決して言い訳ではない。街並観察は鑑定士に不可欠な素養なのである。


さてウダツの街並みは東西に並行して二筋あるのだが、その南側の筋に蕎麦屋を見つけた。「そば切、桃李」である。蕎麦屋には珍しい名前であるし、蕎麦好きを自認するからには覗かずにはおけない。若緑色の暖簾も、打ち水もとても好ましい「しつらえ(設えor室礼or補理) 」なのである。 蕎麦屋の構えである。町屋を基本的にそのまま使っている。座敷から見る坪庭が一幅の絵のようでとても好ましい雰囲気である。


旧商家らしく金庫が見える。右は自在鍵の囲炉裏である。


いただいたのは「おろし蕎麦」である。オロシ大根の辛さ加減、つゆのほどの良さ、もちろん蕎麦は云うことなし。(右)裏から見た蕎麦屋の卯建である。楓と石榴がそれぞれ赤い実をつけていた。


蕎麦は香りがあり甘い。職人の盛りつけ手際が佳いから、盛りの頂から箸でもつれることなく手繰れるのである。大衆食堂に比較すれば倍額くらいのメニューだが、蕎麦といい店といい女主といい(奥で蕎麦をうつ男性は御亭主か?)それだけの値打ちは十分にある。そば湯なんか重湯かと思うくらいこくがある値打ちものである。想像してみて下さい、奥行きのある町屋の歴史の重みを伝える座敷で、表から裏へ抜けてゆく初夏の風にふかれながら、閑かに蕎麦を手繰る幸せなひとときを。こんな時に茫猿は、己の人生は幸せだとしみじみ実感するのです。
ところで、桃李とは史記にある「桃李不言、下自成蹊」から得た店名とのことである。特に宣伝なんかしなくても、蕎麦が良くて「あしらい」や「しつらい」が良ければ、自ずと客はくる。店主の意気込みをそう受け取りました。似て非なる格言に李下の冠というのがあるが、桃李の主ならば冠を正す人がいても細やかにとがめ立てなどしないであろうことよ。
言や佳し意や好しである。メニューで拝見する限り、蕎麦味噌、天麩羅、漬け物など蕎麦屋肴も酒も佳さそうだから、次回は呑まない相客(運転手)がほしいのである。酒といえばうだつのある重文町屋の一つは現役の造り酒屋なのである。「小坂酒造場」です。

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