子年初春を言祝ぐ

明けましておめでとうございます。皆様にとって今年が佳き歳でありますように鄙の陋屋から祈念申し上げます。茫猿も08年は64歳を迎えます。人生の第四コーナーに差し掛かっているのか、それとも曲がってしまったのか、それはいずれかの日に判ることでしょうが、今は強さを保つために、ときに弓を緩めながら「精神的自立」を大切に過ごして参りたいと考えております。


今年、投函した賀状です。昨年の賀状とさほど変わり映えしませんが、「かえりみゆ こぞのさくらも このさくら」(省みゆ、去年の櫻も、この櫻)、年々歳々花は相似るように見えても、年々歳々変わり行く人と同じように、やはり年月を経て花も変わってゆく、そんな有為転変、生々流転が、なぜかいとおしく思える年頃になってまいりました。今年はいよいよ十年目に入ります『鄙からの発信』です。これまでと同じように御贔屓のほど伏してお願い申し上げまして年始の御挨拶といたします。

自立は孤立の代名詞』宋文州・ブログより引用します。

 精神的自立はある意味において「孤立」を意味する場合が多いのです。常に現実を直視し、他人の意見に耳を傾けながらも、自分で判断し、自分で失敗の苦瓜をかみ締めなくてはなりません。それに耐えられないならば自立したとはいえません。
リーダーがどんな判断をしても必ず反対勢力が存在するし、どんな施策をとっても必ず失点がついて回ります。リーダーには勝利もなければ失敗もありません。あるのは一喜一憂を抑えての前進のみです。

茫猿がリーダーを目指すわけなど毛頭ございませんが、『鄙からの発信』で何かもの申すときに、孤立を怖れずに自立する『鄙からの発信』でありたいと願っております。そのことこそが、齢(よわい)65歳を目前にする「鄙の堂守」の生きる意味であろうと、不遜は承知の上で考えております。

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