他山の石か、路傍の石か

 数年前から金融と鑑定評価に関連して業界外から指摘されてきた事柄は、業界内部でも囁かれてきた。 一昨年来指弾されているかんぽの宿事件やJREITがらみの事件は酷いが、大なり小なりあることだろうと不動産鑑定士が斜に構えていれば、協会の新公益法人化はおろか、鑑定評価への信頼も信用も失墜しかねない事態であろう。
 一部の不心得者がいたとしても多くの鑑定士は真面目なのですと抗弁しても、目に見える自浄努力が伴わなければ、そんな抗弁が世間に通用すると思うのは甘すぎる。 役員選挙が無風に終わったこと自体が、鑑定業界茹で蛙状態を示していると、斯界諸兄姉は思わないのだろうか。


 最近のFacebookでは、Netstage事件が話題である。K鑑定事務所に家宅捜索の手が入ったと、02/19の報道は伝えている。 サイトに書くことが可能な事項は『鄙からの発信』に書いているが、不動産鑑定評価書も開示されていることだから(この開示はNetstageのアリバイ工作的臭いがするものであるが)、関心の有無にかかわらず不動産鑑定士たるものは一度は目を通しておきたいものである。 読み方は人それぞれであろうし、茫猿などが余計なことを言わなくとも、それぞれの不動産鑑定士の力量で読みこなせば済むことである。 何を読みとるか読みとれないかこそが、読み手の器量というものである。
 もう一度言おう。対岸の火事視してはならないし、座視していてはならないのである。不動産鑑定士として自らの力量が試されるという覚悟で読んでほしいと願っている。 そこから鑑定協会が取るべき(取り得る)次の一手は何なのかも見えてくるのであろう。 特に評価事案の地元在住鑑定士には、是非とも読んで頂きたいと願っている。
 鑑定協会は総務省に06年当時の関連評価書を開示すべく求めるべきであろうと考えている。当然、全面開示の前提条件付きのことである。 その上でトータルの判断を行い、その結果は公表すべきなのだと考えている。
 『依頼者が官であれ民であれ、鑑定評価結果に伴う経済的行為が社会に少なからず影響を及ぼす場合に、不動産鑑定書は社会へ開示されるべき』が大前提である。ただし依頼者のコンプライアンス姿勢が守秘にこだわればその限りとしない。『そもそも開示、非開示は依頼者が決定すること』という、鑑定協会が本来取るべきであろう受託者としての基本的態度を鮮明にすべき時期にあると考えているのである。
 不動産鑑定士に守秘義務が課せられているのは言うまでもないことだが、その守秘義務は依頼者に対してのものであり、依頼者が開示を決断すれば、その決断に異議を唱えるものではないと云うことを鮮明にすべき時であろうと考える。 なお、情報提供者への守秘義務についての指摘もあるだろうが、その部分はマスキングすれば済むことであり、今でも事例資料の詳細表示その他守秘すべき情報源はカットされている。
 この記事が現役員や次期役員諸氏の目に留まれば良いのだがと思うけど、目に留まってもスルーされるだけだろうなと、直ぐに思い直す。 まさに茫猿遠吠なのだろうと自嘲している。
 今こそ抜本的、解体的、出直し中央突破的な改善策が求められているのだと思う。迂遠に思えても「Rea Review 制度創設」は一つの改善策だと今こそ考えている。 茫猿だって折角、理事席の末席に連なることになる身である。理事会のテーブルをひっくり返す覚悟で主張し提案すべきが責務であろうとも考えている。 取りあえずは Ustream を実行して理事会生中継を行ってみたいが、駄目でも Youtube くらいは使用して会長挨拶を放映してみたい。 物議は醸すだろうが、一石は投じることになるだろう。 《でも歯牙にもかけられないか。》
《追記 02.21 20:10》
 とまあ、書いたものを読み返していて、茫猿は高みから独りよがりにもの申しているのではないかと、ふと思うのである。 業界の混迷は業界のみの責任になく、鑑定業務依頼者側がおかれた厳しい環境を反映しているのではなかろうか。 依頼者としては、厳しい今現在をとにかく乗り切りたい、受託者も受託業務量が減少し受託競争が激化するなかで新規業務を受託したいという、両者のおかれた厳しい経済環境を反映するものであり、高みから綺麗事をいっていても何の解決にもならないのではなかろうか。
 
 依頼者から評価報酬を受け取り、依頼者の求めに応じて中立性を堅持した評価書を発行するというのは建前論であり、現実は依頼者の評価依頼事情を何らかの形で反映せざるを得ないという、制度発足以来続いてきた鑑定評価業務固有の問題点が極端なかたちで露呈したというのが、昨今の状況なのであろうといえはしないか。 ここで茫猿は監視区域・届出制度のなかでの添付鑑定と第三鑑定を思い出して、思考停止に陥る。

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他山の石か、路傍の石か への2件のフィードバック

  1. 寺村 建一郎 のコメント:

    依頼者の決断があれば、評価書を開示しなければならない旨のご提唱重く受け止めております。
    かくいう私も某市の課税評価にあたり不服申立を受け、主幹の鑑定士にご同行いただいて1時間30分におよぶ質疑応答を受けた経験があります。
    その際は一部の情報開示に確かとどまりましたが、今後事例の守秘義務とのリンクはあっても少なくとも規準の詳細開示程度は求められてくるのではと考えています。
    実際不服申立を受けてそのあとの時点修正に影響したのは事実であり、市当局もわたしだけ3回連続で担当エリアを変えなかったのはこの経緯が起因しているものと思われます。
    制度上、公開の流れは進むでしょうし、市場実態との融和も求められているのではと考えます。

  2. 福田勝法 のコメント:

    「監視区域・届出制度のなかでの添付鑑定と第三鑑定を思い出して、思考停止に陥る。」ご指摘のとおりです。20数年前の現実が、昨日のことのように、思い出されます。精神論だけでは、済まない現実が有るわけですが、専門職業家としての矜持、高潔性、公平性を保持すべきです。クライアントインフルエンスプロブレムは、どのような職業にも、多かれ少なかれ有ると思います。その中で、社会的影響、経済的影響等々を熟慮し、企業もその責務を負うことを説明する等、慎重にことにあたるべきです。我が業界も、依頼受け付け時の「確認書」等、少し進歩は見られますが、是非、Rea Review 構想を推進してください。社会的に認知されない、職業は消滅の道をたどると思います。

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