姉三六角蛸錦

 「表題はアネサン、ロッカク、タコニシキ」。何のことだか一見してたちどころに判るあなたは相当に京都通です。
 遠い昔の学生の頃、京都・一乗寺の農家の二階に下宿していた頃のことです。「アネサン、ロッカク、タコニシキ」と唄う下宿のお嬢さん達の声が、ゴム鞠をつく音とともによく聞こえてきたものです。
 最近、そのお嬢さんに再会する機会がありました。既に彼女の娘がお嫁にゆくお歳になっていました。多感な学生時代を過ごした京都の情景の一つとして、過ぎゆく時の流れとともにその音を懐かしく思い出すことがあります。


 御承知のとおり、京都の町割りは碁盤の目です。この町割りを北から童歌に詠み込んだのが「アネサンロッカク」です。
 マルタケエビス(丸太町、竹屋町、夷川)、
 ニジョウオシオイケ(二条通、押小路、御池通)、
 シアヤブッタカマツマンゴジョウ(四条、綾小路、仏光寺、高辻、松原、万寿寺、五条)、 そして冒頭のアネサンロッカクタコニシキ(姉小路、三条通、六角、蛸薬師、錦通)。
 他にも続くのでしょうし、東西の通りを詠み込んだものもあるのでしょうが、記憶していません。京都の中心部分、丸太町から五条通りにかけての歌だから憶えていたのでしょう。
 この歌を憶えていると、四条河原町を中心にして京都の繁華街を歩くときは便利です。ただし、賀茂川を渡って東山の方へ向かうと東西の通りの名前も違いますので、童歌は道案内にはなりません。ともあれ、風情と実利をかねた京童らしい唄だといえるのではないでしょうか。
 ところで、京都の街はさすがに世界遺産都市であるだけに、何度行っても興味の尽きることはありません。四季折々に、違った新しい顔を見せてくれます。学生の頃は懐も侘びしくアルバイトに追われていましたから、大阪も含めて都合六年も関西にいながら葵祭りも祇園祭も時代祭も観たことが無く、有名寺社も殆ど拝観することなく終わりました。四十を過ぎてから、学生時代の友人も多いこともあり、京都に遊ぶことが多くなりました。知らなかった京都の街を再発見しています。
 そんな京都の街の一つに錦通りがあります。錦市場とも呼ばれます。最近は観光ガイドにも多く取り上げられたせいか、観光客が増えていますが、元々は京都市民の台所であり、烏丸通から寺町通りにかけての延長約700m位の東西の細い通りのことです。道の両側に魚屋さん、八百屋さん、漬物屋さん、乾物屋さん、惣菜屋さんなどが軒を並べています。日本では珍しいプロアマ未分化の市場でもあり、京七味や京麩、京野菜、京漬物など京都独特の食品が店先を飾ってい、一度は時間をかけて歩いてみたい京都の町筋の一つです。
 観光客が錦通りを歩く最も良い歩き方は、京都駅から地下鉄に乗り四条烏丸で下車することです。地上に出ると四条通りの大丸百貨店が眼に入りますから、大丸を通り抜けて北側の錦通りに出ます。そこからは両側の店の様々な食品を眺めながら、あるいは時に試食しながら食べ方を聞きながら、東の方、寺町通りに向かって歩きます。途中、決して買い物をしてはいけません。食事ができる場所も少しはありますが、食事をしてもいけません。ひたすら、品定めをしながら東に向かいます。
 市場の東端、寺町通りに着いたら足を返して西に向かいます。今度は気に入った食材を買い求めましょう。錦市場では同じ食品を扱うお店が沢山あります。値段も一律ではありません。自分の目で比較しながら気に入ったものを求めて下さい。そのために往復することが必要なのです。
 この錦市場が最も面白いのは、歳末です。京都独特の正月食品が店先に並ぶためです。もちろんそのほかの季節にも歳月の彩りを感じさせてくれるものが色とりどりに並びます。今の季節ならば、何と言ってもハモでしょう。ハモの落としやハモ寿司が店先に並んでいます。ハモについては稿を改めて取り上げてみたいと思います。(錦通りを最初の場所に戻ったら、錦通東洞院角に小さなお寿司屋がございます。軽い腹ごしらえに覗いて下さい。店名はあえて書きません)
 さて、只管打坐に錦市場を紹介しました。これからは、京都の街をはじめ、岐阜のこと、飛騨のこと等を折々に紹介してみたいと思います。観光ガイドにする積もりはございませんので、シンサンが観た感じた街角ウオッチング風になると思います。
 予告テーマは次の通りです。
 何故に一見は断られるか、サバ寿司とハモ寿司、八尾風の盆、磐越西線物語、花名刺と千社札、オジャコとお昆布、加茂の床と貴船の床等々、乞うご期待。

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