新スキーム・制度創設当時

 とあるSNSのPGにて、新スキーム(この呼称は流石にもう使われていないと思われるが、便宜上こう呼ぶ。新スキーム=地価公示の枠組みによる取引事例の収集・提供制度)のその後について、随分と久し振りに話題になっていた。要するに「ネットワークで管理されている事例資料」を「どうしてネットワークで閲覧できないのか」と云う、いわば古くて今も新しい話題である。

 最初に断っておくが、筆者茫猿は現役を引退して十年余になる。現役引退後も暫くは業界活動に関わったから、この問題および周辺問題から離れて七、八年になる。だから、浦島話になるかも知れないが、それは隠居老爺が語る昔話と云うことで多少のズレはご容赦願いたい。何れにしても、当時コア近くに居た者として、語っておく意味もあろうかと考えるのである。

六月の花、沙羅双樹(夏椿)が爽やかに咲いた

一、新スキームとは
 先ずは茫猿が新スキーム問題とネットワーク構築問題に関わった経緯の記憶を辿ってみる。冒頭に「新スキーム」と云う古めかしい呼称を持ち出したが、これは()内の注書きに示す当時の正式名称が国交省の意図する実態を明確に示している。しかし、何故かこの名称は鑑定協会では使われなかった。

《地価公示の枠組みによる取引事例の収集・提供制度の実態》
(その1) 地価公示の枠組みによる制度
:制度参加がH18年地価公示評価員の応募条件だった。
(注) H18年=2006年、H17年=2005年
(その2) 取引事例の収集・提供制度
:事例を収集し公示評価員へ提供するのが本旨ではなく、国民への価格情報提供の意図が当初より明らかだった。 制度発足当初において価格情報を提供する為には、公示評価員による資料内容の充足が必須だった。配分法然り、画地形状然り、接面道路然りであるが、今や不動産価格指数試算のアルゴリズムにおいても、価格情報提供においても、地理情報システム等の進展により評価員の介在が必須条件では無くなった。

言い換えれば「不動産価格指数公表制度」において、年間約30万件の不動産の取引価格情報をもとに、全国・ブロック別・都市圏別・都道府県別に不動産価格の動向を指数化した「不動産価格指数」を毎月公表することが主であり、また、所有権移転登記情報をもとに、不動産価格指数を補完するものとして、不動産の毎月の取引件数及び取引面積を示す「不動産取引件数・面積」も毎月公表している。「地価公示の枠組みによる取引事例の収集」は従となっている。

二、新スキーム導入以前
 この新スキーム導入以前の事例資料(地価公示及び地価調査の成果物としての取引事例カード)の管理は、全て紙資料で行われていた。即ち公示等評価員が業務終了後に事例カードの複写物を分科会幹事に提出し、幹事は取りまとめて士協会会長に提供し、士協会会長は士協会事務局で内外会員への閲覧に供していた。一部の地域会ではマイクロフィル化して会員へ有償配布もしていた。

 閲覧に際しては単位士協会が独自に定める閲覧料が徴収されていたが、閲覧料は全国で倍近くの開きがあった。その上多額の基本料金を定める士協会も存在した。同時に閲覧料収入は士協会収入の相当部分を占めてもいた。

 この事例管理アナログ時代に訣別させる動きが、一つは新スキーム導入であり、もう一つが個人情報保護法(2003年成立、2005年4月1日全面施行)の施行であった。取引事例カードは個人情報の一つで有り、新たに実施予定の新スキームは個人情報の塊とも云えるものであった。

 国交省が開示する当時の新スキーム関連情報(2003.7.30)
「不動産取引価格情報の提供制度の創設」に関する意見募集について
扉を開けよう~不動産取引価格情報の提供制度の創設について~
(注)当時の鑑定協会は情報開示A案に賛成したと記憶する。

三、新スキームとネットワーク
 当該制度が地価公示の枠組みで行われるため、地価公示評価員の委嘱要件として鑑定協会ネットワークシステムへの参加、及び本制度への協力が明記される予定となっていた。個人情報保護法との関連からは、データの守秘義務維持の観点からネットワーク管理が必須でもあった。手許に残されていた関連するファイルの幾つかを示す。 (注)以下のリンクファイルは画面が遷移します。元の画面へは”戻る”ボタンをご利用ください。

鑑定協会新スキーム受入体制整備特別委員会
 (2005.03.01 制度導入の事前アンケート協力依頼)

鑑定協会が構築予定する・中央事例情報管理システム 
 2005.01.18 ネットワーク構築を理事会承認。

全国共通仕様による士協会ネットワーク(2005.03.11)
 当時、鑑定協会で構築が企画されていたネットワーク見積、ファイルは設計見積だけで、金額見積は開示されていない。また、この見積はソフトに関するものであり、ハードに関するものは別途提示。

茫猿が整理したネットワークイメージ図(2005.03.12)
 前掲を基にして簡略イメージ化した図面、この時茫猿は一次〜三次データの一括士協会管理サーバへの移管、並びに全会員のオンライン閲覧をイメージしていた。

士協会ネットワーク構築について
―― 新スキーム体制整備に関連して (2005.04.20 「鄙からの発信」記事)

四、記憶の澱を覗いてみれば
(a)土地センサス創設の挫折
 新スキームの制度創設は、取引事例全数調査を開始するもので有り悉皆調査を前提とする土地センサス創設につながり得た。即ち一次データから三次データ及び四次データの鑑定協会及び単位士協会一括管理を可能としていた。 昨今話題のビッグデータ解析やAI調査につながる端緒が用意されていた。国交省には企画はあっても予算措置が伴わず、地価公示に従事する評価員の協力とアンケート発信返信郵送費の士協会負担が必須だった。

 しかし、制度創設をはじめ、オンライン閲覧反対など、会員の根強い反対意見は鑑定協会のデータファイル管理にも及び、一次二次データはもちろんのこと三次データでさえも開示には厳しい制約が伴うものとなってしまった。

(b)新スキームへの根強い反対理由
 新スキームは士協会が管理する紙資料を、鑑定協会サーバの一括管理への移行するものであり、士協会の事例所有管理権を奪うものである。全数発信郵送費の負担は、従来の抜き取り発信に比較して多額の郵送経費増加を招くものである。(従来は分譲団地、林地、農地は選択して発信していた。)

(c)オンライン閲覧への根強い反対
 事例データの一括管理に伴い、閲覧料を統一することには、「士協会の自主管理権限」を侵すものであると反対の声が上がった。

 地方圏士協会中心としてというよりも東京会以外はほぼ全域が全国オンライン閲覧に反対した。業務発注は東京で、現場は地方にという不動産鑑定評価固有の業務偏在がオンライン閲覧への反対理由である。しかもこの反対理由には「鑑定評価に際しては必ず現地実査を伴うものであるから、現地士協会事務局への立ち寄りは大きな負担とはならない。」という尤もらしい理由も付いていた。

(d)東京会の姿勢
 東京士協会が意見の集約及び機関決定をしたとは聞き及んでいないが、少なからぬ役員氏が委員会などで述べる意見は、地方には高飛車に聞こえた。(イ)本来、公示等事例は業務成果物で有り国民的財産である。一士協会の独占利用が許されるものではない。(ロ)新スキームが稼働すれば、全データは鑑定協会サーバに保管されるものであるから、一士協会の意見に左右されるものではない。(ハ)オンライン閲覧の方が閲覧数が増えて、閲覧収入も増加するのではないか。 等々

(e)東京以外の都市圏域
 面白いことに、全国的には東京と東京以外の対立であるが、各都市圏域では福岡と福岡以外、大阪と大阪以外、愛知と愛知以外が対立し、東北と北海道では具体的に聞き及んだ記憶はないが、実は東京でも区部と都下、岐阜県でも岐阜市と岐阜市以外がアンバランスの不満を内在させていた。

(e)当時の茫猿の位置
 2005年当時の茫猿は新スキーム特別委員会に属して、主にネットワーク構築を企画していた。会員と士協会と鑑定協会を有機的に結ぶREA-NET構築に努めていたのである。企画していたネットワークはREA-INFO(オンライン会議や自由な情報交換システム)、REA-DATA(データファイル交換システム)、REA-MAP(地理情報システム、全取引事例情報とジオコード:地理座標の連結)、REA-JIREI(三次、四次事例資料の管理閲覧システム)であり、REA-NETとはそれらの機能を包括するもの、或いはアクセス認証システムと位置付けていた。

 茫猿は四次データについては、全国オンライン閲覧が当然と考えていた。国交省自体が公示等事例の利活用に関して会員間での差別的運用は好ましくないと考えていたことが一つ。

 もう一つ匕首の如く突きつけられた話がある。それは地価公示の為に作成した地価公示成果物の一つである事例資料を「目的外流用すること」を国交省が明示的に認めた経緯は存在しないということである。つまりは、地価公示制度発足以来、黙認されてきた目的外利用の寝た子を起こすことになり兼ねないと云うことである。公示事例の一般鑑定利用はガラス細工のフレームなのだと言った方もいた。だからこの問題で長引く紛糾は好ましくないと多くの役員は考えていた。

 さらに地価公示四次データの作成はほぼ前年暮れに終わっているのに、閲覧が開始されるのは翌年4月以降となる。この事例データの取引時点は最新でも前年10月前後である。法務省から一次データが届き発信回収されるまでには二ヶ月以上を要する。公示事例というものは最初から半年遅れのデータなのである。

 この古いデータをオンライン閲覧に供しても、地元士協会会員には最新の三次データ、或いは二次データが手許に存在するという”大きなアドバンテージ”が存在する。三次データのジオコーディングを行い地理情報システムを活用すれば大凡の事例資料が作成出来ようというものである。地方と都会(多く東京)の鑑定評価業務発注量の格差を、資料情報の質と量で埋めれば、地方と都会の有機的連携も十分可能だろうと考えていた。三次データの活用は地価公示成果物の目的外流用とはならない点も考慮出来得る。(三次データは本来的に国民のもの)

 然し乍ら、この種の説得に耳を貸す地方出身役員氏は極々少数だった。多くの地方出身(近畿会も中部会も関東甲信会も)役員氏は、東京を利することは死活問題だと言い、三次データのジオコーディングなど馬耳東風だった。この三次データ利活用策が意に介されなかったことが、後々の地理情報システム導入にも大きくマイナスに影響した。

 さらに意外だったのは多くの地方会員においても、鑑定評価採用事例は四次データ中心であり、三次データの利活用は殆ど意識外に置かれていたことである。また四次データの独自補修正は行わないと考えていること、つまり四次データ無謬説であり、配分法の見直しなどは行ってはならないと考えていたのも意外であった。

(f)NSDIプロジェクト
2008年7月より茫猿は自らが提唱し、当時の協会役員氏のバックアップも得てNSDIプロジェクトに邁進していた。所属は情報安全活用委員会の専門委員という位置付けである。詳しくは「地理空間情報活用検討小委員会」所属である。新規事業としては破格の一千万円近い予算額だったと記憶する。

 2007年8月29日に施行された地理空間情報活用推進基本法は、NSDI(National Spatial Data Infrastructure)に積極的に取り組むことを鑑定協会に求めていた。本来的には国民の共有財産である「取引価格情報」について鑑定協会主導のもとに、それらの不動産情報を国民生活に密着した利便性の高い形態で提供してゆく事業の構築を目指すものである。いわば、不動産取引に係わる地理空間情報(NSDI)を、インターネットを通じて社会に還元してゆく事業の構築を目指すものである。(当時の事業企画趣意書より)

五、まとめてみれば
(1)公示由来事例(四次データ)を一般鑑定への利用権原は存在しない。
(2)取引価格情報提供制度由来資料(三次データ)の利用は容認されよう。
(3)鑑定依頼発生地と評価現地との乖離が招く根強い地域間対立の存在。
(4)オンライン管理或いはデジタル化への無理解と無関心。
(5)地理情報システム採用への無理解と無関心。
(6)現状は関係各方面の脆い妥協の上に成り立っている。

《本日は此処迄とする》

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