負けいくさにかける(94) [重い知能障害をもつ人たちの中で]
滋賀県東近江市 止揚学園リーダー・福井達雨氏筆《1/4》
※本記事は止揚学園のご好意により、冊子止揚連載記事を転載しております。
今回は百五歳を迎えられた福井先生のお父上を語り、そして老境を迎えて感じる幸せを語っておられます。 本記事は「その一、ある病院での会話」です。
一、ある病院での会話
この夏は地球温暖化の影響で、厳しい暑さの毎日でした。部屋の中にある温度計が37度、時には40度を示す時があり、(来年の夏は何度になるんやろうか。地球が燃えるなあ)と心配になりました。
私は暑さに強い人間で、夏は好きな季節なのです。インドやパキスタンでは40度という暑さを経験したことが何度かあります。でも、空気が乾燥していて木陰などに入ると、ひんやりとした涼しさを感じ、身体が汗でべトつかず、そんなに不愉快な暑さではありませんでした。しかし、日本の暑さは湿度がとても高くて、ジットリとし気持ちが悪く、直射日光に当たると肌が痛くなり、さすがの私もバテ気味でした。
止揚学園に入園している仲間たちは、外的な刺激に対応する力が弱く、この激しい天候異変によく病気になりました。入院した仲間たちもいました。特に夜、この猛暑でなかなか寝つけず、部屋を涼しくするためにクーラーをかけるとお腹を壊したり、熱を出す仲間たちも何人もいて、夜の宿直をしている職員たちはクーラーをつけたり、止めたり、部屋の温度調節に、ほとんど徹夜に近い毎日でした。このために皆、疲れ気味でした。
真夜中のこと、医療係をしている堀さんから室内電話が私にかかってきました。
「清子さんの熱が高いので、病院に電話をしました。″すぐに連れて来なさい″ということなので、これから病院に行ってきます」
「きみは今日は公休なんやろう。他の人に行ってもらったほうがよいよ」
「一日、ゆっくり休んだので元気です。大丈夫ですから」と堀さんの明るい声が響いてきました。
「ほんまに大丈夫か。そしたら悪いけど行ってくれるか」と私は
(すまないなあ)と思いながら(優しいなあ。入園している仲間たちを愛してくれているんや。嬉しいなあ)と心が明るくなりました。
今は九月ですが、夏のような暑さです。いつまでこの暑さが続くのでしょうか。でも、外ではツクツクボウシや秋の虫さんたちの大合唱が耳に伝わってきます。虫さんたちには秋が訪れているようです。
さて、先日、仲間の一郎さんがお腹を壊して、私が付き添い、病院に行きました。
診察が終わり、待合室に座っていると、若い医者のA先生が私たちの横に座り、声をかけてきました。
「今、昼休みなので、少し話をしてもよいですか」
「どうしやはったんですか」
「私はある幼稚園の園医をしています」
「子どもたちに囲まれるって、とても楽しいでしょう」
と私が言うと、A先生は困ったような顔になりました。
「実は、幼稚園に行くのがあまり気が進まないのです」
「ええっ、先生はいつも明るくて、私たちの仲間を優しい笑顔で診察してくれはるのに。何がそんなに嫌なんですか」
と私は不思議に思い、尋ねました。
「幼稚園で子どもたちの健診や予防注射をした後、黙って部屋を出て行く子どもがいると、側にいた先生たちが″ありがとうと言いなさい″と強制するのです。子どもたちは、〝ありがとうございました″と言って出て行くのですが、私に感謝もしていないのに〝ありがとう″と言わせるのは、子どもたちのプライバシーをおかしていると思います。もっと子どもたちの自由や人権を尊重してほしいのです。福井さんもそう思いませんか」
私は返答に因ってしまいました。
「先生には悪いんやけど、幼稚園の先生は教育的な配慮から子どもたちに感謝をする心の大切さを教えはったと思うのです。先生が嫌な顔をしないで、その時、ニコツと笑い、子どもたちに″よく言えたね、先生は嬉しいなあ″と言わはったら、子どもたちは明るい気持ちになって (人に何かしてもらった時、『ありがとう』 と感謝したら、相手の人が喜んでくれはるんや) と感じ、次からは元気な声で″ありがとう″というようになるのと違いますか。そして、(『ありがとう』人という言葉は人も、自分も楽しくなるんやなあ)と感じ、子どもたちに他者を思いやる優しい心が育ってくると思うんですけど」
私の長い話にA先生は、「そうかなあ。私は (先生たちが子どもの人権をおかしている) と思うのですが」と納得がいかないようでした。
これを読まれた皆さまはどう考えられますか。(子どもの人権をおかしている)(他者への感謝を持たせる教育的配慮)とこの判断は皆さまにお任せしたいと思います。
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