今さらの話である。知る人は知る話である。世相を嘆き続けるには疲れたけれど、倦むことなく嘆き続けるのである。福井達雨氏も久野収氏も負け戦さにかけ続け、負け続けることに意味を求めていた。及ばずながら、間遠ながら、茫猿も世相に言挙げし続けるのである。
知る人は知るけれど、気づかない人は未だに「JAPAN as No.1」と気楽に構えているのでしょう。茹で蛙日本なのでしょう、出るに出られぬ、出れば風邪引くぬるま湯日本なのでしょう。少子高齢化とはいえ、今しばらくは過去の蓄えを取り崩してやり過ごせるでしょうが、どこまで続くか続けられるか茹で蛙日本。