三浦半島

 去る六月三日、一日湘南に遊んだ。 前夜のワイン&焼酎のせいで爆睡したのだが、お陰で空腹と共に早朝四時半に目が覚めてしまった。 もう一眠りと思わないでもなかったが、空きっ腹を満たしたいからと起きあがり、愛宕の宿を後に新橋駅に向かうのである。 烏森通りを新橋駅に向かうと角毎に三人連れの女性達がいる。 「ハハァー!!」と察しはついたが、案の定「オニイサン、マッサージ、サンゼンエン、キモチイイヨ」とイチバン年配(四十は過ぎてる)の女性が声を掛けてくる。 残り二人(三十過ぎだろうが?)も、「マッサージィ!」と声を掛ける。
 交差点毎に決まって三人連れがたむろして行き交うひとに声カケをしているのだが、時間は朝の五時前である。 見かけただけでも五組はいたと思うから、東京とは凄いところである。 夜更けならともかく、早朝からマッサージのお誘いなのである。 彼女たちだって空振りばかりなら、早朝の辻立ちなどしないだろう。 声カケの効果があるから立っているのだろう。  数年前に大阪の曾根崎付近で、これも午前十時頃に風俗店の客引きに声を掛けられたことがある。 どちらも大都会は凄いというべきか、東京のひとは好きなのか、茫猿も好きそうな東京人にみえるのだろうか。


 ノッケカラあまり品のよくない話から始めたが、新橋駅前の立ち喰いそばで腹をなだめて、茫猿は駅のフォームに上がるのです。 何処へ行こうかと思案した時にふと浮かんだのが、「ビッグコミック連載の華中華」である。 横浜とも思いましたが、ヒロイン華子の恋人は三浦半島で大根作りを営んでいる。そこで三浦半島と城ヶ島を訪ねてみようと考えたのである。 茫猿だって、マッサージとコミックだけではないので、「雨はふるふる城ヶ島の磯に、利休鼠の雨が降る」も思い浮かべるのである。 空模様は雨もよいの曇り空、城ヶ島に渡って侘びた緑をおびた灰色の雨に会えれば嬉しいなと、先ずは山手線で品川に向かうこととする。品川駅で京浜急行線に乗り換えて、通過する駅毎に東京へ向かう乗客の列を横目にしながら、一目散に終点三崎口駅へ着いた時はまだ七時前後だったと思います。
  
  そこから路線バスに乗り換えて、これまた終点の城ヶ島に着いたのは確か八時前後だったでしょう。 バスターミナル付近の土産物店も飲食店も開いていません。 しかたないから案内看板を頼りに城ヶ島灯台に向かいますと、そこには小学生の先客集団がお見えでした。 所在なさそうにいる添乗員の方と話すと、やはりインフルエンザの影響で行く先を変更した修学旅行だそうです。
  
  灯台から海岸へ出て、太平洋に突き出した浸食崖を眺めたり、磯だまりの小魚を覗いたりしてターミナルに戻っても、営業はまだまだ先のことと言われてしまった茫猿は、そのままちょうど来合わせたバスに乗って城ヶ島大橋を渡り、島の対岸三崎港に戻るのです。
  
 港のフィッシャーマンズワーフ「うらり」に寄ってもまだ時間前、暇つぶしに乗船したのが水中観光船です。 この船は水中船腹が窓になっていて、湾内の餌付け場所で寄ってくる魚が見えるというふれ込みですが、集まる魚に色彩感は乏しいし海の透明度もイマイチだから、湾内巡りの船に乗ったというだけのことです。乗船客は茫猿一人でした。 ワーフのなかの揚げ物屋でおやつ代わりにと買った薩摩揚げが「フーン」でしたから、集まってきた魚に差し上げましたところ、船長が撒いてくれる餌よりも気に入ったと見えてあっという間に群がり食べ尽くしていました。
  
 どこかで、地魚の煮付けを肴にビールでもと思ったのですが、マグロ丼の店は開いていても、そんな気の利いたお店はどこも開いていません。もう十時過ぎなのに、三崎銀座もシャッター街で通るひとさえいないのです。
  
 こうなれば、三崎でのビールは諦めてと、三崎口から京急で横浜に戻り、横浜から横須賀線で鎌倉に向かったのですが、ここは城ヶ島灯台の比ではない小中高修学旅行生の渦です。 皆が皆、某小鳥マークのサブレの黄色い袋を下げて、騒々しいこと、そこで鎌倉でも何も食することなく江ノ電に乗り換えたのです。 鎌倉行きの唯一の収穫は横須賀線開業120年記念ヘッドマークだけです。
  
 一日切符”のりおりくん”で乗車した江ノ電を、長谷駅で降りて、修学旅行生が大挙向かう大仏さまは避けて、海岸へ出てみると海ではチラホラとヨットサーファーが遊んでいました。 この由比ヶ浜でヒチコックもどきの体験をしたのです。 江ノ電鎌倉駅で、湘南名物・鰺の押し寿司弁当とお茶を念のために買って下げていたのですが、この弁当を浜に座って開いたとたん、十羽くらいのカラスが羽音高く寄ってきて、茫猿の周り2mくらいに輪を作って、距離を詰めるでなく開くでなく、じっと待つのです。前にいるカラスもあまり気色のイイモノではありませんが、背中にする漁船に留まって茫猿を眺めているカラスは少し気味が悪いモノです。
  
 町中のゴミ置き場に集まるのと同様に、食べ残しが目当てなのでしょう。さすがに弁当箱にクチバシを入れようとはしなかったのですが、食べ終わって箱や包装紙を袋にきちんとしまうまで、カラス小隊は鳴き声も立てずにヒタスラ待機していました。 写真を撮ってやろうかと思ったのですが、弁当箱を手から離すとナニガ始まるか判らないものですから証拠写真はありません。
  
 再び、三度、江ノ電に乗りそして降りて、湘南海岸歩きを繰り返していたのですが、鎌倉高校前駅では学園OBなのでしょうか、結婚式を挙げたばかりの二人が仲間達と記念撮影をしていたので、茫猿も一枚撮らせてもらいました。
  
 江ノ電を右に、海を左に見ながら歩く海岸通りは、TVドラマの世界のようにお洒落なレストランが並んでいますが、とても哀しいことにお店に入ろうとすると、テラス席はツーショット・オンパレードです。 緑寿のオジサンが割り込める雰囲気はありません。 断られはしないでしょうが、白い目で見られるのも業腹だし、何やら行き場のない場違い老人に扮するのも癪なことだから、結局何も呑まず喰わずに藤沢まで行ったのです。 藤沢から東海道線で小田原まで、小田原から新幹線で帰途についたという、早朝から頑張ったにしては何ともシマラナイ、”定番の蓋”にさえ巡り会えなかった京急、横須賀線、江ノ電乗り継ぎ湘南お粗末旅の顛末でした。
  

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