新スキーム(名)を捨てる時

新スキームという意味不明な名称が、鑑定業界でこの数年間も跋扈している。 新スキームという呼称は鑑定業界内部では通用しても、業界外では何を指すのかまったく意味不明である。 04年以来だから、既に5年も内向きの名称を使用していながら、それを不思議と思わないことが、我々不動産鑑定業界のセンサーの錆びつきであり、センスの欠如であり、スピリット喪失なのである。


不動産取引悉皆(全数)調査または不動産センサスという当該事業にふさわしい名称を与えるべきなのに、新スキームという内輪でのみ通用する呼称・名称に、いつまでも寄り掛かっていることはすなわち、鑑定業界の内向き性格を如実に表していると思われるのである。 この点を指摘すれば業界筋は、「所管庁にお考えがあるようですから、いずれそのうちに」とお答えになる。
鑑定協会自らが、”社会に認知される”、”社会に認識される”名称を用いるべき時期にある。 事業の実態を正しく説明する呼称である「不動産取引悉皆(全数)調査または不動産センサス」等を社会に自らが提議して定着させるべき時期に来ていると考える。 だから”新スキーム”という事業略称名を捨てる時と云うのであり、パラダイム転換を果たすべきと申し上げるのである。

さて、小生はかねてより、新スキーム情報を鑑定業界が独占利用することがあってはならないと考えています。 新スキームと呼称される事業のスキーム自体が砂糖細工であることだけでなく、この情報そのものが、原始情報から最終公示事例に至るまで、国家予算を費消して行われた調査結果であり、鑑定士は地価公示業務を通じて関与するに過ぎないからです。
もちろん、地価公示評価員である鑑定士は汗をかいており郵送費を負担していますから、ディスクローズについて多少の内向き主張は許されるかもしれないでしょう。 でも本来的には国民の財産を、地価公示以外の業務にも利用する便益を享受していると云うことも忘れてはならないと思っています。

私がNSDI-PT:地理空間情報の活用を提唱するのは、我々の便益向上もさることながら、社会に有益な情報を如何に社会へ還元してゆくのかにあり、そのことが鑑定士のプレゼンスを向上させ、ひいては新スキーム(不動産価格悉皆調査 または 不動産センサス)を、ディファクト・スタンダードへと変換してゆく重要なツールと考えるからです。
ディスクローズと申し上げましたが、鑑定協会にその権限が無いことは承知しております。ですが、権限が無いからといって無関心でよいはずはなく、むしろ積極的に情報開示に向かうべきであろうと思います。 そのなかで共同研究やその研究成果の利用等々の業益を享受すべきと考えます。

※国土交通省土地・水資源局・土地政策課が、2008.06.05付けで公表している調査研究に、「敷地細分化抑制のための評価指標マニュアル」 「同:その2」、というものがございます。そのなかで、研究基礎資料については、このように述べています。
3-2.評価項目とデータ収集方法の整理
(1)対象地域及び地価データの確定
2)地価データの設定
本調査において利用可能と考えられる地価データとして、「取引価格」、「地価公示」、相続税や固定資産税評価に用いられる「路線価」、情報誌等から得られる「供給者の提示額」等が考えられる。 ヘドニック法では、”理論的には「取引価格」のような実際の市場データを用いることが望ましいが”、一般に公表されていない場合が多く、情報が十分な量を収集できない場合もある。そのため、本調査において「地価公示」を基本的なデータとして活用する。
茫猿は「敷地細分化抑制のための評価指標マニュアル」8頁の記述に注目するのである。 ヘドニック法を用いて評価を行い、モデルスタディ結果として価格差を導き出したという点に、鑑定評価が真の科学へと向かう道が示されているように思われるのである。 また土地価格比準表を1994年以来改訂せずに放置してきた、鑑定業界への警告にも聞こえるのです。

※評価指標マニュアル8頁
・分析結果を用いて、世田谷区内で全28 宅地、個別敷地面積270 ㎡、エリア建蔽率45%の住宅地があり、この住宅地で宅地が90 ㎡に3 分割される細分化が3 宅地で発生したとしてモデルスタディを行った。
・その結果地価単価は、従前と比べ、24,711 円/㎡安くなるという結果となった。
これは、本分析対象の地価公示の平均地価単価、567,752 円/㎡と比較すると、約4%地価単価が安くなるという結果となった。

なおこの種の研究目的の外部提供要請については最近に始まったことではなく、06、07年当時の国交省における制度検討委員会において既に話題となっていたことでもある。
第2回取引価格情報の提供制度に関する検討委員会の結果について (06/11/17)》
取引価格情報の提供制度に関する検討委員会取りまとめについて (07/02/21)》
研究目的等外部提供については、当然のことながら、外部提供は本来の業務主務者である所管庁主導で行われるものですが、鑑定協会はそれについて消極的であってはならないと考えますし、「閉鎖的な鑑定協会」などとマスコミ種になっても困ることだと思われるのです。

長くなりましたが、もう一件、土地総研の09年春号 (09/05/22発行)の目次から引用します。
・巻頭・視点「新しい統計法と不動産の取引価格情報」土地総研・研究部長
・研究「不動産取引価格情報を活用した地価動向の指数化」土地総研・研究次長
様々なセクションが、手をさしのべようとしている時こそ、大きな機会であろうと思われます。鑑定業界が後ろ向きであったら、彼等は直接に国交省と折衝するでしょうし、その時には鑑定業界の抵抗など何の意味も無かろうと思います。 そのことは砂糖細工スキームからも言えることです。

私が地理空間情報システム構築に固執するのは、鑑定協会が社会にアピールするツールや保管データを強力なものにして、そのプレゼンスを大きくしたいからです。 もう一点はこのNSDI-PTを手掛かりとして、有益なビジネスモデルを構築したいからです。 これら不動産地理情報関連関連の件については、土地総合研究所地理情報システム学会など、幾つかの関連団体や業際団体が、研究に着手し既に事業化へと向かい始めています。 鑑定協会がそれらの動きを座視することは、自らのポジションを弱く脆くしてゆくことに他なりません。

さらに云えば、公示価格等や取引事例等を用いた地価評価や価格動向に関する研究は、今や様々な分野で行われているのである。 鑑定士はこれらの研究に積極的に参加し、あるいはそれらの研究成果を利用することによって、「鑑定士の練達堪能な職人的技術に支えられた評価」を「より科学的アプローチ」へと転換してゆくことが可能なのではないかと考えるのである。
もちろんのこと、ヘドニックアプローチやフラクタル分析等が直ちに取引事例比較法に置き換わることはないであろうが、価格ゾーンの分析、その推移動向分析等、比準価格の背景をより精密に的確に説明するツールとはなり得るであろうと考えます。

REA-NETは本来、閲覧基本料を徴収して協会財政に寄与するはずでしたが、方向性を見失っています。 地理空間情報も社会の関心を惹くことにより、有効なビジネスモデルが構築できる可能性大いにありと考えますが、「変わることを厭い、狭い業益に固執することの多い鑑定業界」は、その意味を理解しようとしません。 このことは『鄙からの発信』:「間違いだらけのREA-NET」 (2008年8月19日)に記述したとおりです。 今こそ思考のパラダイム転換を果たすべきです。 それは変わることを厭わない、畏れないということです。 変化はリスクを伴います。 しかし、リスクを取ろうとしないことが、実は最大のリスクであると気付いてほしいのです。

茫猿が申し上げた三つのDとは、先を見据えたデザイン(Design)を描き、適切なディスクローズ(Disclose)を行い、いわゆる新スキーム(取引価格情報悉皆調査)を確かなディファクトスタンダード(Defacto standard)へと転換してゆこうと提唱するものです。 ですから、5年も経過するに、新スキームなどと意味不明な名称を使い続けることに疑いを持とうとしない業界の「センサー、センス、スピリット」の乏しさを憂うのです。 茫猿は名称云々などと、箸の上げ下ろしを言揚げしているのではないのです。名は態を現すと申しているのです。

読者諸兄姉は、鄙に隠住する茫猿が何をえらそうにとお感じであろうと思います。 ですが鑑定協会運営というものが「一つの政治」であるとすれば、政治というものは多くの事業課題についてその「優先順位」の見極めが最重要課題であろうと考えます。 公益法人化課題、連合会移行課題、証券化不動産対応課題、官公需入札対応課題、固評・競売評価関連課題、さらには協会財政逼迫等々、多くの課題が山積していることは事実です。 そのなかで、取引価格情報課題は「鑑定評価の根幹を為すもの」であり、「鑑定士の米櫃」に関わる問題であろうと考えます。
外部には意味不明で曖昧な呼称を用い、情報開示に消極的な姿勢を保持することが、不動産鑑定評価と不動産鑑定士にとって、佳き未来をもたらすであろうとは、とても考えられないのですが、皆様は如何お考えでしょうか。

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