男はつらいよ・残照

 二年にわたってBS2放映で見続けた「男はつらいよ」シリーズ全編が終わって、これから追々に記事にしておこうと思うことが幾つかあります。最初に07.1.27放映の第48作には、とても贅沢な配役があります。先ずはこれにふれておきたい。


 リリーがついの棲み処に決めた奄美の加計呂麻島は奄美本島・古仁屋港の対岸に位置する小さな島です。この加計呂麻島と古仁屋港は漁船の渡しで結ばれています。「加計呂麻島の案内
 ちょうど江戸川の柴又と対岸の松戸を結ぶ「矢切の渡し」のような短い渡しです。(矢切の渡しは演歌で有名になったが、その遙か前に伊藤左千夫の小説・野菊の墓の舞台となった。)
 寅さんが放浪の旅から帰ってくる時によく利用するのが矢切の渡しなら、寅さんとリリーのついの住処が加計呂麻島である。航空便がないし鹿児島からの乗り継ぎも大変だし、海が荒れれば直ぐには帰れないとても遠い離島だが、一度は訪れてみたい処である。「矢切の渡しの案内」
 48作ではこの渡し船の船長という端役で田中邦衛さんが出演しています。当たり前といえば当たり前ですが、船長のセリフは島言葉ですからわからないので字幕が出ます。アップになることも殆どない短い出演シーンです。とても贅沢な田中邦衛の起用ですが、彼は第7作「男はつらいよ奮闘編・71年4月」ではとても重要な役で出演しています。
 この作品はシリーズのなかでは異色とも云える作品で、マドンナである花子(榊原るみ)が知恵遅れという障害を持つことから、この教え子を心配し優しく見守る青森の分校教師の役柄で出ています。このなかで柳家小さん師匠がラーメン屋の店主で出演し、寅さんとの掛け合いセリフにこんなのがあります。
 花子が夜遅く沼津駅前のラーメン屋でラーメン代80円を店主(柳家小さん)に支払った後の会話である。店主が寅さんに向かって曰く。
「お客さん、あの子、ここが少しおかしいね。」
「目なんか変にこう、間が抜けてて、  (中略)  そのうちに悪い男に騙されて、ストリップかなんかに売り飛ばされちまうんじゃないかな。可哀想だな。」
この台詞だけなら、差別発言であるが、その後寅さんが一生懸命に面倒をみるし、柴又のとらやの皆も優しく大事にする。
 そして田中邦衛扮する福士先生の登場である。
「私は花子をずっと生活指導してきました。花子は発育が遅れていますが、特別扱いすることなく人間として生きてゆく自信を与えてやりたい。つまり、ああいう障害児にこそ、密度の高い教育が必要であると思います。」
 この場面は、田中邦衛の真骨頂である。彼が訥々と語るから、弱者への愛に満ちた福士先生のセリフに臨場感や暖かい願いがこもって迫ってくる。
山田監督作品の全てに見え隠れしながら流れている「弱者や市井の名もなき人々への深い思いやり」がうかがえるのである。

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