不動産価格指数制度の発足を歓迎する声が幾つか聞こえてくる。 不動産鑑定業界は素朴に歓迎しているだけでよいのであろうか。 茫猿は不動産価格指数の登場を否定するものでは、決してない、大いに歓迎するものである。 ただ、この業務は鑑定業界が主導して行うべき類の業務であると考えるのであり、百歩譲っても深く関与すべき業務であると考えている。 そのことこそが「新スキーム(名称)を捨てる時」という、鑑定協会総会における提案であり、「不動産センサス創設」の理事会提案であった。
※新スキーム(名)を捨てる時 (2009年6月20日)
※不動産センサスの創設-1 (2011年7月10日)
※不動産センサスの創設-2 (2011年7月10日)
いずれも一瞥すらされることなく今に至ったのである。 国交省の基本姿勢からすれば、この種の問題に鑑定業界が容喙することは、直ちには歓迎されないであろうと理解している。 しかし、傍観していてよいこととは考えない。 むしろ積極的に介入し、(今や、時、既に遅しではあろうが、)実施可能なことから提言し、自ら実現に向けて行動してゆくべきであると考えている。 別の表現をすれば、事例調査の現場に存在する鑑定業界(鑑定士協会連合会)であればこそ、実施可能な事柄も多いであろうと考えている。 士協会内外における事例利活用の閉鎖的措置などに拘っている場合ではなかろうと考えるのである。
ところで、不動産価格指数は直接に市場データ(取引事例)を基礎とする価格指数であり、国内で初めての官製公式指数である。 民間における類似指数の試みは既に幾つか存在していたが、国交省の関与するものとしては初めてのものであり、悉皆調査結果を基礎とするものとしては歴史的転換であると云えるのである。 地価公示の創設以来約半世紀のあいだ継続してきた「地価公示価格推移指数」という地価指数はその使命を終えつつあると云えるのである。 そしてそれは最近になって生じた事態ではなく、いわゆる新スキーム(取引価格情報提供制度)が始まった時から、提唱し主導しなければならないことであった。
※千載に悔いを残すな (2004年9月9日)
(注)1.悉皆調査結果を基礎とするとはいえ、アンケートの回収率や回収結果の偏在という課題が残されており、センサスとは未だ言い難いものである。 今後はアンケート回収率の向上や、データの偏在に関わる統計学的補正措置が行われるであろう。
(注)2.アンケート回収率の低さや偏在に関わる課題を解決してゆく上では、既存の市場データの活用が考えられなければならない。 それらの課題を埋めるものとしては、レインズや不動産ジャパンのデータをはじめ、「SUUMO」、「HOME’S」、「RRPI」などのウェブ情報の活用も視野に入れるべきであろうし、それらを一元的に網羅する組織・体制のコアに鑑定業界が位置することもあながち不可能なことではないと考えている。
(注)3.RRPIはリクルートが提供する住宅情報インデックスであり、ヘドニック価格法という手法に基づいて品質を調整した、言い換えるなら「同一品質の物件に関する時系列インデックス」として、既に2002/08より作成公表されている。
(注)4.ヘドニック法は環境条件の違いがどのように地価の違いに反映されているかを観察し、それをもとに環境の価値の計測を行う手法である。 不動産の価格は、それぞれの物件の立地や特性によって大きく異なる。不動産価格指数(住宅)では毎月の市場動向の変化を把握することを目的とするため、物件の立地や特性による影響を除去することが必要である。そこで、多数の物件データから、物件ごとの個別の特性が価格に及ぼす影響を除去し、いわば「同一品質の物件」を仮定し、月ごとの不動産市場の動向を把握するという手法をとっている。 すなわち、不動産の価格=「個別物件の特性に由来する価格」+「不動産市場の時間的な変化に由来して変動する価格」とみなして計算する「ヘドニック法(時間ダミー変数法)」という手法である。
二、地価公示価格の推移指数が抱えている問題点
冒頭に地価公示価格を基礎とする地価指数は、その使命を終えつつあると述べたのであるが、公示価格推移指数と不動産価格指数の相違について考えてみる。 先ずは、地価公示価格を基礎とする価格推移指数の課題点についてである。
1.速報性に乏しい。
地価公示価格は年に一回のみの公表である。 しかも1月1日時点の価格を1月中旬に納品し、3月中旬に公表するという日程からすれば、公表時点で直近数ヶ月間の市場動向を反映していない。 地価調査を加えれば半年に一回の公表データとなるものの、両者の基礎データが異なること及び共に年間価格推移を示しており、半期毎の価格変動を導き出すためには正確さに欠ける。
2.地価公示は鑑定評価である。
推移指数の基礎となる地価公示価格は不動産鑑定評価であり、当然のこととして評価主体(不動産鑑定士)のバイアスが掛かっている。 採用する取引事例について事情補正、時点修正、配分法、標準化補正、地域格差補正、個別格差補正の総てをバイアスと一括りにしてはあんまりかもしれないが、事情補正と配分法については検証が必要である。 時点修正については価格変動補正をした事例データから導き出した公示価格を基礎として価格推移を判定するという循環論に陥っている。 さらに評価主体の判断過程を再現することは不可能であり、事例データの変質過程の検証ができないのである。 生データを基礎とする不動産価格指数と鑑定評価を基礎とする地価公示価格推移指数の差異については、学問的検証が欠かせないのである。
3.市場の代表性が吟味されなければならない。
取引が少ない地域や皆無に近い地域に設定されている地価公示価格は、評価主体の判定(鑑定)する地価推移なのである。 多数の事例の中から抽出された一部の地域外事例データを基礎とする比準価格に、データ全体の代表性《推移指数試算のデータ母集団としての的確性》が存在するか否かが検証できないのである。 鑑定評価額の妥当性を云々しているのではなく、推移指数を試算するデータ母集団としての代表性を吟味する必要を云うのである。
4.公的土地評価であること。
公示価格は更地価格であり、推移指数も更地価格推移指数である。 なによりも公的土地評価(主に課税評価)の一環として、予定調和に陥っていないかが吟味されなければならない。 鑑定結果よりも評価格の均衡重視、個別の特異性(鑑定)よりも全体の均衡重視(評価)の罠に陥っていないであろうか。
公的土地評価というものは、個別の特性よりも全体の均衡が重視される。 前年度取得価格(前年度評価格)との均衡、類似地域取得価格(類似地域評価格)との均衡、路線価評価の連続性重視等々。 それらは一概に批判されるものではなく、公共事業用地取得の円滑な施行や課税評価の納税者の負担均衡という政策的一面からは容認されるものでもある。 価格或いは価格帯の不連続性を忌避し連続性を重視することや、地権者や課税者の納得、すなわち事業遂行の円滑さを重視する。 それらはそのまま公的土地評価が抱えている矛盾、もしくは特性といえるものでもある。 鑑定よりも評価であると云う所以でもある。 以上、いずれも鑑定評価である地価公示としては“正しいもの”であろうが、不動産市場の推移動向を示す価格指数として捉えた場合には幾つかの問題点が指摘できるのである。
この矛盾とも特性とも云える事項をもう少し敷衍してみると、地価公示標準地の選定替えに伴う不透明さも吟味されなければならないであろう。不動産価格指数のデータ母集団である取引事例には選定替えのような恣意性は介在しないのである。 また価格推移指数としても、地価公示価格推移指数は単価平均値であり、取引総額や取引件数の多寡といった市場の実態を反映していないものである。
三、不動産価格指数が抱えている問題点
1.データ母集団の代表性有無
不動産価格指数は「取引価格情報提供制度」により回収されたアンケート結果をデータ母集団として試算するものである。 任意のアンケート調査を基礎とすることからデータ母集団の網羅性が低く、悉皆調査には遠く及ばない状況にある。 現状のアンケート回収率は三割台に止まっており、回収率の向上が大きな課題である。 回収されたアンケート結果に不動産取引データとしての代表性が認められるのか、また回収データに偏在性が認められるのではないかについて、的確な検証が行われなければならない。 それでも一次データ(発生取引総データ)と三次データ(回収済みデータ)の関連性検証を行えば、それなりの推計は可能であろう。
2.速報値と確報値の差異
不動産市場の価格変化の推移について、2008年平均値を100として指数化したものが不動産価格指数である。 公表値に速報値と確定値の二種類があり、速報値はアンケート結果による価格情報について一部の属性情報を利用して判定する指数である。 概ね取引時点より五ヶ月後に速報することを予定している。 五ヶ月という期間は、不動産取引の所有権移転登記が終了し登記データが集計され、さらに各月毎に発送されるアンケートが回収され集計されるまでに要する期間であり、さらに一層の期間短縮が求められる。 また、速報値試算に鑑定評価は関与しないのである。
速報値で使用する説明変数は、面積、最寄り駅距離、県庁所在地距離、所在都道府県、市街化区域(か、否か)、及び取引主体である。 アンケートデータのみでは距離条件は不詳であるが、ジオコーディングを利用すれば地理的位置の認定は相当の精度で可能であり、この地理情報をもとにして最寄り駅までの距離等の属性を測定できる。
3.確報値について
確報値はアンケートデータ(事例地)の現地調査結果を踏まえて判定する確定値指数である。 概ね年一回の更新が予定されている。 これは現地調査結果(地価公示連動スキーム)の集計が、現在では年一回であることによるものであり、今後は現地調査結果の集計期間を短縮して確報値判定期間も短縮されることが予想される。 鑑定士が現状と同じく、事例調査に従事してゆくとすれば、事例調査の恒常化並びに迅速化が一層求められてゆくであろうが、それに対処する準備を鑑定業界は調えているのであろうか。
さらに、ジオコーディングによる地理情報利用の拡大や、既に一部もしくは大半のデータが地理情報化され地理的位置情報(緯度経度情報)さえあれば、瞬時に利用可能なデータ類の利用拡大も検討されているであろう。 地理情報の利用拡大による付加される属性情報には、都心・交通施設距離、商業施設距離、教育施設距離、病院等距離等、様々な施設等距離条件が予想される。 現時点で既に利用が可能な地理情報化データ類としては、都計用途地域分類、接面道路種別及び幅員、ハザードマップ等が挙げられる。
回収データと地理情報データに基づく速報値と、鑑定士の調査結果を踏まえた確報値とのあいだに、鑑定業界を陥れかねない大きな罠が設けられていることにも注意しておかなければならない。 2012.08より公表が始まった速報値と約一年後に公表されるであろう確報値に大きな差異が生じた場合には、鑑定士の調査について、その的確性についての検証が行われるであろう。 当然のことながら調査の的確性に疑念が生まれれば、不動産価格指数制度における鑑定士不要論がますます大きく為るだけであろう。
さらに、速報値と確報値に大きな差異が生じなければ、それで良いというものでもない、これまた鑑定士不要論に輪を掛けることになるであろう。 留意してほしいのは、悲観論ばかりを述べようとしているのではない。心して事例調査に対処しなければならないと申し上げているのである。
他にも、国交省の組織変更や、不動産鑑定評価の使い捨てが始まっていることにも気づくべきであろう。 国交省の保護の傘はもう無くなりつつあるというよりも、事実上無くなっていることを忘れてはならないのであり、今や自らの足で歩き出す以外に不動産鑑定評価の選択肢はないのである。これからの数年間は不動産鑑定評価の鎮魂歌が唱われる時間と為りかねないのである。フェニックスのごとく蘇るには何を捨て、何を守るべきかが、ひとりひとりに問われているのだと気づくか否かが別れ道であろう。
四、公的土地評価と鑑定評価
不動産価格指数制度の創設は、不動産市場の透明性の向上、ひいては国内及び海外からの不動産投資の活性化にも資することを目的とするものである。 公的土地評価は更地評価(標準(的)画地評価)を目的とするものであり、市場の実態が更地取引から複合不動産取引に転換しつつあることにも対応しようとするものでもある。 関連事項としては、中古住宅市場の活性化も挙げられる。
重複になるが、公的土地評価というものは、個別の特性よりも全体の均衡が重視されがちなのである。 前年度取得価格(前年度評価格)との均衡、類似地域取得価格(類似地域評価格)との均衡、路線評価の連続性重視等々。 それらは一概に批判されるものではなく、公共事業用地取得の円滑な施行や課税評価の納税者の負担均衡という一面からは容認されるものでもある。 価格或いは価格帯の不連続性を忌避し連続性を重視する。 地権者や課税者の納得、すなわち事業遂行の円滑さを重視する。 それらはそのまま公的土地評価が抱えている矛盾、あるいは特性といえるものでもある。 鑑定よりも評価であると云う所以でもある。
公的土地評価が公的である所以は政策目標が存在するということにあり、損失補償基準要綱(公共事業用地取得)との関連から云えば、要綱第7条:土地の補償額算定の基本原則に云う「取得する土地(土地の附加物を含む。以下同じ。)に対しては、正常な取引価格をもつて補償するものとする。」とは、鑑定評価基準が示す正常価格と同じものであるかが、かねて問われてきた。 それは、鑑定評価正常価格と適正な取得価格とのあいだに適正な開差を容認するという解釈も存在したのである。
課税価格では、不動産鑑定評価額(正常価格)水準の八割相当額が相続税課税価格であり、七割相当額が固定資産税課税額であることも一般に知られていることである。 このことを鑑定評価サイトから云えば、正常価格の概念或いは見解は常に同じものであるが、時々の政策目標としての調整率(補正率)は70%から120%の間で適宜定められればよろしかろうとも云えるのである。 政策目標に正常価格が左右される理由も必要もないといえるのであるが、往々にして様々な示唆、誘導が有り得ることも推量できるのである。
そのような特性を指摘できる公的土地評価に対して、鑑定評価とは個々の不動産が有する特性を分析鑑定するものであり、個々の依頼者の信頼に応え得るか否かが最大の眼目なのである。 最近になって注目度が増している業務に相続コンサルタント業務があるが、この業務を鑑定評価の枢要な場所に位置付けるためには、複合不動産についての鑑定能力が問われるとともに、依頼者の信頼度がとても重要であることに留意しておかねばならない。 鑑定士だから引き受けが可能とか、鑑定士であれば積極的に関与すべきであるというような短絡的発想は戒められなければならない。 この点に関しては、「中古住宅市場活性化」についても同様のことが指摘できる。
五、今、取るべき鑑定士協会連合会の戦略目標
不動産価格指数を別物視するのではなく、不動産価格指数における成果を鑑定及び評価に取り入れるべきである。ヘドニックアプローチを比準価格試算過程に取り入れること、地理情報を積極的に利活用すること、一次データと三次データの融合的活用、等々である。 当面、なにより大事なことは、不動産価格指数の安定迅速化並びに精緻化に直接かつ具体的に寄与できることを模索し実行してゆくことであろうと考える。 そのことが、不動産価格指数制度における鑑定業界のプレゼンスを強化するものであり、結果として社会における不動産鑑定評価のプレゼンスを強化してゆくと考える。 急がば回れということである。
不動産価格指数:住宅地は始まったばかりであり、さらなる改良に鑑定士が寄与できる余地は多いと考える。 不動産価格指数:商業地については、実施に向けた検討が今年度から始まるのである。積極的に前向きに業界を挙げて関与してゆくことが求められていると考える。
a.地理情報データの活用
いまさらに多くを述べる必要はなかろう、以下の記事他を参照頂きたい。
※地理空間情報と鑑定評価 ( 2012年1月19日)
b.事例資料の囲い込みは速やかに止めるべきである。
同じく、以下の記事他を参照して頂きたい。
※新スキーム改善委報告・12.07.23
※【一般鑑定評価と公的土地評価の事例取扱対比表】
並行して有機的な不動産鑑定ネットワークを速やかに構築すべきである。
c.鑑定評価レビュー制度の創設
同じく、以下の提案記事他を参照して頂きたい。
※Rea Review 制度創設提案 (2010年8月18日)
※Rea Review 制度Q&A (2010年9月4日)
d.ヘドニックアプローチの活用
数値比準表の精度向上に活用し、鑑定評価の信頼性向上につなげるべきである。
《終わりに》
JREITの創設や不動産価格指数制度の創設は、市場の透明化や活性化並びに外資の導入や外需の喚起を促すことを目的としている。 鑑定士はそのような大きな潮流を見据えた上で、自らの社会的存在意義、社会貢献のあり方などを真摯に考えなければならない。 不動産鑑定業界は取引事例の利活用に際して、業益的利用の固執とも受け取られかねない閉鎖的利用体制から、一刻も早く脱却すべきである。
不動産価格指数の精緻化及び迅速化、取引価格属性調査の迅速化及び的確化、公的土地評価の一元化、地価公示価格に要請される取引市場の指標たる地位の実現等の社会的要請に応えてゆかなければならないし、それらの具体的実現を目指さなければならない。 それこそが鑑定評価のプレゼンスを拡大し信頼感を醸成してゆくものとなる。
云うまでもないことであるが、詳細なマニュアルにリードされかつ依存し、分科会等の集団討議を経て責任の所在が曖昧になりがちな公的土地評価に徹するというのも一つの選択肢であろう。 ただし、その場合には自らが業務を引き受ける鑑定評価とのあいだに”自己撞着”を引き起こしかねないことを忘れては為らないのである。
多くの読者諸氏は、相当に長い本稿を最後まで読まれることなどはないかもしれない。 鄙の老鑑定士が世迷い事をほざいているのだと一笑に付し、ここまで読まれることなどないのかもしれない。 それでも茫猿は鑑定士諸氏に申し上げたくて、本稿を掲載する。 自らの頭で考え、自らの足で立ってほしいと思うのであるし、批判的、否定的なフォローコメントこそを待つのである。
※参照論文
「これからの不動産鑑定士のあり方を再定義する」 《2012 清水千弘氏》
品質調整済み住宅価格インデックス:RRPI 《2001 清水千弘氏》
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